『Child44』推理欲をあおる記号を読者に投げつけ、内容への手掛かりは残さない。タイトルからいきなり秀逸だ。
この小説は1933年のウクライナの家族の話から始まる。極限状態での人間の哀れを描いたプロローグは僅かな謎を残して終わり、20年後の本編に移る。そして謎がまた一つ増える。推理小説の出だしとしては常套手段だが、ふと気になりプロローグを読み直した。
『すごい。』
長編の出だしとしてはもちろん、ここだけを短編として独立させても良い完成度の高さだ。
生死の限界でもなお発揮される慈愛の心、極限状態での人間の醜悪さ、幼い兄弟の覚悟と意気込み、読者の予想を裏切る展開、そして苦みの残る不条理な結末。
これらを30ページ足らずに描く構成力と切れのある表現力。ロブ・スミス氏のデビュー作は、プロローグで高い文才を披露してから本編が始まる。
主人公は旧ソ連の恐怖の政治の中枢を担った、国家保安省捜査官のレオ。冷徹なレオは幾つかの過ち(温情的判断)により、自らも国家の標的とされてゆく。レオは多くの代償を払いながら人間性を取り戻し、やがて一連のグロテスクな殺人事件に執着し始める。
国家がいかなる非も認めぬ社会は、巨大な不条理を生み出した。その中でもがくうちに、レオと妻ライサの関係は、上辺だけの空虚な愛情から、同じ信念のもとに戦う仲間の絆へと変わってゆく。
ロブ・スミス氏の文章は、娯楽大作のように読者にページをめくらせ、圧政下における人間性の描写は古典文学のように重厚である。
本書の一番の魅力は、国民のほとんどが恐怖に取り付かれ、残りの多くが狂気に取り付かれたスターリン時代の空気を、小説内に再現したことであろう。
著者の抜群の学歴と端正な顔立ちは天才肌を匂わせるが、時代の空気を再現する緻密な描き込みには、膨大な調査の跡を感じる。才能だけでは描けない相当な馬力を要したであろう力作である。