筆者の父はスタンダード石油のセールスマンで軍閥跳梁跋扈する中国に灯油の販路を広げるために使わされた言わばパイオニアであった。その父の元に中国の地で育った彼は、その後CIAの情報官の任を受ける。彼が任官を受けた1950年代は丁度CIA黎明期で、時の大統領アイデンハワーとダレスCIA長官がイランやグアテマラなど世界各地でCIAに積極的な介入を求めた時期だ。竹のカーテンに包まれた中国、激化するベトナム戦争と世界がめまぐるしく展開するなか香港、ラオス、カンボジア各地を転戦する。しかし、その活動は決して派手なものではなく、実に地道でコツコツと積み上げるような作業である。そしてその経験により外交官としての道を歩むこととなる。
この本の中で特に興味深いのは米国の外交姿勢である。彼の書く米国の外交姿勢に常に言えることは名を捨て実をとると言うこと、相手の面子を立てつつも自己の権益を最大限伸ばそうと言う実に強かな姿勢である。満州における権益が認められていたにも関わらず、最期まで国家承認にこだわり国際連盟のテーブルを引っ繰り返した国とは違う。その強かな姿勢は台湾海峡を挟んでの台中外交や六四天安門事件後の亡命受け入れの描写に詳しい。リアリズム外交を追及する姿勢は、まさに帝国かくありけりと言いたい。ニクソンはもっと再評価されてしかるべきであると言う念もある。
ただ、筆者はCIAの情報官としてカンボジアに勤務していたにも関わらず、中国との同盟のためにポルポトの民主カンボジア政府を米国が国家承認し続けていた米国の外交については全くと言って良いほど言及されていないことが不満である、自分としては彼にはその責任があると思う。また、米国が中国を自陣営に引き込むためソ連に比べて中国の人権問題に対して甘かったと言うことはジェームズ・マンの著書である『米中奔流』などでも指摘されていることである。