幻想序曲「ロメオとジュリエット」の美しく華麗な演奏スタイルを聴いてもらえれば、指揮のシャルル・デュトワとモントリオール交響楽団の描きたいチャイコフスキーの音楽が理解できます。スコアに書いてある音符をできる限り美しい音で再現し、誇張することもなく、破綻することもなく、気をてらうこともなく、明確な音楽像を結んでいます。人によっては物足りなく感じるでしょうし、ロシアの風土の厳しさとは合い入れないという人もいるでしょうが、個人的には満足している演奏です。
「悲愴」は多くの方が様々な面から語っていますが、人生の哀しみと希望を音楽の中に主題として持ちこんだ交響曲です。暗い情感を持った第1楽章と第4楽章はよく聴かれますし、この交響曲の真髄でもあります。一方、第2楽章での5拍子という変拍子は,2拍子+3拍子が合わさったもので,少し不安定な感じすること拍子の設定によって人生の危うさや振幅の揺れを感じさせるものだと理解しています。
第3楽章は、スケルツォと行進曲の反復なのですが、この勇ましさの後に、第4楽章が控えているわけでその落差は激しさがまた魅力となって伝わってきます。
「悲しみ」は人類共通の感情です。フォン・メック夫人への思慕、アントニーナ・イヴァノヴナ・ミリュコーヴァとの不幸な結婚と破綻など、実に人間くさい生き様をした大作曲家の畢竟の交響曲ですから、スコアに書かれている音楽からそのような感情を描き出せるのかで、好みは別れそうです。
チェイコフスキーが「悲愴」の初演指揮の数日後に急死したことと合わせていつもこの曲に込められた思いを聴き取るようにしています。