オーケストラの演奏に関して、筆者はかなり偏った好みをもっています。小澤征爾氏は、外国で活躍する日本人指揮者のパイオニアであり、彼の存在、彼の活躍を同じ日本人として誇りに思い、尊敬もしています。でも、彼の指揮する演奏は好きではありません。彼の演奏は、どの曲を指揮してもオケのサウンドのテクスチャーを極上の絹のように美しく、滑らかに仕上げ、非常に耳当たりの良いものになっています。でも、それだけです。それ以上のものではありません。もっとはっきり言ってしまうと、彼の演奏には「哲学」がないのです。オケの音を通じて伝わってくるはずの作曲者の主張や心情が伝わってきません。彼の元手兵ボストン交響楽団を指揮して、1986年に録音された、このチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」も、非常に美しく、滑らかで、「粗(あら)」がまったくありません。ある意味では、小澤氏の美学がかなり高い完成度で再現されていると言えるでしょう。でも、「絶望感」や「幸せなときの回想」、それに忍び寄る「不吉な運命」などが的確に表現されているとは言いがたいと思います。チャイコフスキーの音楽の「美しさ」だけを楽しみ、ムード音楽として楽しむのであれば、★★★★★(5つ星)でしょう。でも、チャイコフスキーが、この曲に込めた苦悩、不安、迷い、などの心情、運命というものに対する哲学を含めて、この曲を「鑑賞」するのであれば、やはり★★(2つ星)です。オケも録音も優れていてるだけに、残念です。繰り返しになりますが、小澤氏を尊敬し、誇りに思います。小澤氏が年齢を重ねられ、西洋文化の壁を打ち破り、もう一段、深みのある演奏を繰り広げてくれることを心から祈念しています。