この本は、チェルノブイリ原発事故の年、1986年に、モスクワでチャイコフスキー・コンクールの審査員を終えた後、作者が1年以上にわたって雑誌に連載した文章をまとめたもの。’89年に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したという作品だけあって、文章は明快で読みやすいし、内容は濃い。チャイコフスキー・コンクールといった格の高いコンクールの内幕の様子をさらしだし、読者の野次馬的な興味を保つ一方で、そういった審査中の複雑な思い、西洋クラシックの歴史やロシアや日本での西洋音楽の成り立ち、現在のアマチュア・ピアニストの氾濫に対する作者の思いにいたるまでも描かれている。特にわたしが感心したのは、西洋クラシックのピアニストである作者が、日本伝統の「舶来崇拝主義」を否定も肯定もせずに事実として受け止めている正直な姿勢。欲をいえば、「女性ピアニスト」としての思いを、もっと深く掘り下げて欲しかった。