アメリカとはほぼ同時公開となった今作、本国ではオープニング3日間の興収成績や300万ドル到達までの最短期間で、次々と史上最高の記録を樹立したとのニュースが流れ、批評も上々の声が挙がっている。果たして、映画は、人間の闇、善悪をより混沌とさせた近年のコミック版の世界観を映画的に昇華させた重厚で深遠なクライム・アクション。まさか、ハリウッドのお気楽なブロックバスター大作とのイメージで対峙する人はいないだろうが、今まで以上に、鑑賞後も心の奥底に沈潜する傑作、まるで映画を2本分観たようなへビィな感覚に捉われる。
“バットマン”は闘い毎に傷つき、去っていった者(レイチェル)を想い、より“ブルース・ウエイン”として生きるべきか葛藤する。
映画の核になるのは、やはりジョーカー。より現実的な都市景観として生まれ変わった未曾有の犯罪都市ゴッサムに蔓延する暗鬱で邪悪な空気を総て吸収したかのような強烈なキャラクター。誰もが感じる取り憑かれたようなヒース・レジャーの鬼気迫るパフォーマンス。けたたましく笑うコミック的なかってのジャック・ニコルソン版とは違い、今回のジョーカーは、極めて深謀怜悧にして凶悪、冷酷非情。バットマンやトゥー・フェイス・ハービーが、光と闇、善と悪の境界で苦悩するのに比べ、その世界観は明解。正に、死をも恐れぬ、自らの運命をも哄笑するアナーキスト、破壊神の異名に相応しい確信犯ぶりに、底知れぬ恐怖と強靭さを感じる。根源的善人のゴードン本部長も、茫然と立ち尽くすしかない。つまり、闘う前から、“真の意味”で、勝敗は決しているのだ。
主要キャストは皆それぞれに見せ場が用意されている。前作から唯一配役が替わったレイチェルも、今作でのその“役割”を考えると、演技派のマギー・ギレンホールで正解だった。
激しく緊迫感溢れる映画ではあるが、同時に、詩情的な悲しみも感じる。私は何度となく観直しているが、初見時には目に留らなかった007映画のようなガジェットSF的な要素も魅力だ。
展開は思いの外速いので、何度か繰り返して観たいが、映画史に残る“不敵なツラ構え”に、今作でしかもう出逢えないのが、残念でならない。
エンド・ロールの途中で流れるレジャーへの哀悼の献辞に、沈思し合掌。