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ビョーク扮するセルマは、チェコからの移民。プレス工場で働き、唯一の楽しみはミュージカルという空想の世界を創りあげること。遺伝性疾患のため衰えていく視力と闘いながら、同じ病に侵された息子の手術費用を稼ぐため身を粉にして働く毎日。そのセルマにあまりに残酷な運命が待ち受けていた…。
「非の打ちどころのないすばらしい音楽の美と、不完全で醜悪な現実が並列して描かれている。同時に演奏する2つのオーケストラのように」と同名の書で評されているように、これほど観る人のあらゆる感情を暴力的なまでに呼び覚ますミュージカルはほかにない。ラース・フォン・トリアー監督が「ビョークはセルマであり、セルマはビョークだった」と述べたように、ビョークはセルマを演じるというよりも、セルマに心を宿したビョーク自身がメッセージを投げかけているようにみえる。
洗練されすぎたカメラワークを嫌う監督が、100台のカメラを駆使して撮りあげたトリアーワールドは絶対に見逃せない。本作は2000年カンヌ映画祭でパルムドールに輝いた。(野澤敦子)
「非の打ちどころのないすばらしい音楽の美と、不完全で醜悪な現実が並列して描かれている。同時に演奏する2つのオーケストラのように」と同名の書で評されているように、これほど観る人のあらゆる感情を暴力的なまでに呼び覚ますミュージカルはほかにない。ラース・フォン・トリアー監督が「ビョークはセルマであり、セルマはビョークだった」と述べたように、ビョークはセルマを演じるというよりも、セルマに心を宿したビョーク自身がメッセージを投げかけているようにみえる。
洗練されすぎたカメラワークを嫌う監督が、100台のカメラを駆使して撮りあげたトリアーワールドは絶対に見逃せない。本作は2000年カンヌ映画祭でパルムドールに輝いた。(野澤敦子)
内容(「キネマ旬報社」データベースより)
60年代のアメリカを舞台に母と子の愛を描く感動のドラマ。監督は『ヨーロッパ』『奇跡の海』のL・V・トリアー。
内容(「Oricon」データベースより)
「奇跡の海」などで知られるラース・フォン・トリアー監督が“アイスランドの歌姫”ビョークを主演に迎えて贈る、ある移民の母子を襲う悲劇を描いた珠玉のミュージカル・ムービー。
内容 (「CDジャーナル・レビュー」より)
カンヌ映画祭で絶賛、最高賞もゲット。評判どおりの感動作。しかし、自然に涙がホロホロ落ちる感じではないんだな。これでもかっ! と胸を押しつぶされ、涙がダーッと出る作品。監督の意図にまんまと踊らされながらも、どっぷり浸れる快感がある。正しい心を持つ女の子がどんどん不幸になるのだが、心の中で作ったミュージカルで一瞬の幸福を空想する物語。それって『マッチ売りの少女』じゃん? と思えるくらいに古典的なメロドラマなのだ。主人公セルマを演じるビョークは、黒ブチ眼鏡にボサボサ髪。「人間は外見より中身よ!」と言わんばかりに、精神性を強調した役作り。“純粋”“無垢”といった彼女のアーティストとしてのイメージがシンクロし、妙に説得力がある。泣きどころのツボを四の字固めにされた感じで悔しいのだが、やっぱり泣ける。王道は強し、といったところか? しかし、ビョークが否定するハリウッドと同じ「そこまでやるか?」の泣かせ方が本作のヒットの秘訣であるのはなんとも皮肉な話である。 (永田みゆき) --- 2001年08月号