「ダルマ像」、「伝記」、「思想」、「現代のダルマ像」という構成ですが、
量的にも本書の中心と思われる「思想」の部分には、
ダルマの伝記として現存最古の資料とされる『二入四行論長巻子』の全訳と
それについての著者の解説からなっています。
本書の前のほうに、恵可とダルマとの問答『祖堂集二』とされる
部分がのっています。
「わたくしは、心がおちつきません。どうか
おちつかせてください。
心をもって来なされ、君をおちつかせて
あげよう。
探しても、見つかりません。
わたしはもう、君の心をおちつかせてしまった」
(この問答についての解説は本書に詳しいです)
また、「思想」の部分、『二入四行論長巻子』の中に、
上の対話に関連があると思われる部分ですが、
「わたくしは地獄が怖くて、罪をくいあらため、道を修めています」'という言葉に対して、ダルマは
「君のいう『わたくし』(本文では点付きで強調)は、どこにおる、『わたくし』がいったい、何者だというのだ」'…
「『わたくし』すら、居どころが判らんのに、そもそも、誰が地獄におちるのか。
何物だか判らんからには、すべて妄想が勝手に有ると考えただけのものだ(以下省略)」とあり、
著者が解説を加えています。
『二入四行論長巻子』から、もう一カ所、
「心にもしも、尊いと思うものがあると、
必ず賤しむものがある。心によしとするものがあると、
必ずいけないとされるものがある。
心にある一つのものを善しとすると、
一切のものが不善となる。心にある一つのものに親しむと、一切のものが怨みとなる。
心は、色に住(とど)まらず、色でないものにも住まらず、何かに住まることにも住まらず、
住まらぬことにも住まらない…(以下省略)」
分別ある二元に傾きやすい、また、とらわれやすい(紐つき)の
自分の心について思わされます。
なお、『二入四行論長巻子』は上に引用したとおり、現代語訳で、
読みやすいです。
他、「男女のすがた」「仏心とは何か」など、
理解の程度は別として、私のように予備知識がなくても比較的に親しみやすい本だと思い、
もしご興味のあられる方にはおすすめさせていただきます。