『知恵の遙かな頂』(ラマ・ケツン・サンポ著)は、「9世紀のチベット人ヴァイローチャナの系譜(セムデとロンデ)と北インド人のヴィマラミトラの系譜(メンガクデ)が合流して、今日のゾクチェン(テクチュウーとトゥゲル)が形成された」と述べる。従って、9世紀のチベットには、3世紀の中観思想と如来蔵思想、5世紀の唯識思想、7世紀の密教思想など、インドの大乗仏教すべてがもたらされたと考えられる。
そうした前提を頭に入れて本書を読むと、根拠の乏しい伝説や伝統的な解釈を鵜呑みにしないダライ・ラマ猊下の論理的で真摯な取り組み姿勢にインスパイアされて、仏教史におけるコンテクストに気づくことができた。
コンテクストを解く鍵は、『大パリニッパーナ経』でブッダ釈尊が述べた「この世で自ら(が体得した教え)を島とし、自ら(が体得した教え)を拠り所として、他人(が体得した教え)を頼りとせず、(自らが体得した教えの元となる)法を島とし、(自らが体得した教えの元となる)法を拠り所として、(自らが体得した教えとは無関係な)他のものを拠り所とせずにあれ。」である。( )内は私が補足した。
その遺言に忠実な後世の弟子たちが、アーガマに伝承されたブッダ釈尊の教・法を徹底思考して、小乗や大乗、あるいはゾクチェンの思想を発見した(気づいた)のだと思われる。
一例を示す。
パーリ律蔵『大品』の「ヤサの出家」によれば、“仏陀釈尊が在家の青年ヤサに「施・戒・生天」を説き、ヤサが業報思想を理解し、因果の道理を正しく信ずるようになると、四聖諦を説いた。その結果、ヤサに塵なく汚れなき真理を見る眼(清浄無垢の法眼)が生じ、初歩の聖者(シュダオン)となった。同じ説法をもう一度聞いた時、執着を離れ、心が諸々の漏より解脱して、阿羅漢となった。”とある。つまり、凡夫が頓悟によりシュダオンや阿羅漢になったのである。凡夫が四沙門果になったのだから、凡夫には聖者.zip がある筈で、四沙門果になると解凍された聖者.exe がインストールされて機能するかのようである。
聖者.zip を如来蔵・仏性と命名し、聖者.exe の最終段階をゾクチェンと命名したと考えれば、仏教史のコンテクストが明確になる。