先日、はじめてダライ・ラマ法王の来日セミナーに参加してきた。人生は一期一会、この機会を逃したらスケジュールがとれない可能性があると思って参加申し込みをしたのだが、やはりなんといってもライブは違うと思ったのであった。
現代に生きるわれわれの悩み、苦しみにダイレクトに向き合い、対機説法を行うダライ・ラマ。現在の日本仏教には欠如したこの姿勢が、全世界でこれだけ多くの人たちの気持ちを引きつけているのだろうと、あらためて納得した次第だ。
セミナー出席の翌日この本を読んでみて、さらにダライ・ラマの気迫に圧倒されることとなった。つねに温顔を絶やさず、ジョークを連発するダライ・ラマとは違うダライ・ラマの姿をそこに見たからだ。
本書は、もともと『目覚めよ仏教!−ダライ・ラマとの対話−』というタイトルで2007年に出版されたものだ。文化人類学者で、「癒し」ブームをつくった張本人であり、近年は日本仏教を活性化するための実践的活動もしている上田紀行氏が、ダライ・ラマ亡命先の本拠地であるインドのダラムサラにおいて、ダライ・ラマと直接英語で交わした、三日間にわたる、実に中身の濃い、激しくも熱い内容の対話を日本語化したものである。
日本語で再現された対話は、実に臨場感に充ち満ちたもので、対話のテーマは実に多岐に及んでいる。目次を紹介しておこう。
序章 ダラムサラへの道
第1章 仏教は役にたつのか
幕間−やさしきレフティスト
第2章 慈悲をもって怒れ
幕間−驚きと高揚のなかで
第3章 愛と執着
幕間−好奇心旺盛な観音菩薩
第4章 目覚めよ日本仏教!
対談を終えて
本書のなかでも、私がもっとも強い印象を受けたのは、ダライ・ラマが「不動明王の慈悲の怒り」に触れた第2章である。「二つの怒り−慈悲をもって怒れ」という小見出しがつけられた箇所で熱く語るダライ・ラマは、まさに不動明王になりかわって、慈悲の心にもとづいた怒りは必要なのだ、社会的な不正を座視していてはいかないのだと毅然と言い放っている。
もちろん怒る姿だけではない。この対話でもダライ・ラマの爆笑というシーンが何度もでてくる。カラダ全体で喜怒哀楽を表すダライ・ラマに、あらたて感銘する思いを感じた。
対話者で著者の上田紀行によれば、ダライ・ラマの側も仏教について中身の濃い対話をする日本人を切望していたという。
体制化し、形骸化した感もなくはない日本仏教、とくに組織上層部にいる僧侶たちには失望することが多いだけでなく、チベット人社会においてすら、近代化の波のなかで、日本が抱えているのと同じ問題に見舞われる可能性があると、ダライ・ラマは憂慮されているのである。
「リーマンショク」後、資本原理主義の問題が顕在化した現在、本書が文庫化されて再び登場した意味は実に大きい。ぜひこの本を読んで、ダライ・ラマの激しくも熱い思いに触れ、より良く生きるための智慧を学びたいものである。