まるで懺悔のような小説だった。誰が誰に?そう考えると、文章上の意味からは、むしろ全共闘に取り残された世代の恨み節というか、全共闘世代の転向派への告発である。それなのに、べたべたしたセンチメンタリズムと懐古的な共感が全編を押し包んでいる。だがこの甘酸っぱいトーンが憎めない。
一度は信じた世代、圧倒的に輝いていた先達の偶像が、腐り果てていく様を見終えた、決別の涙であろうか。ベルリンの壁が崩壊し、共産主義が実質的に資本主義に飲み込まれてしまった現在、若者皆が信じたあの光は何だったのかと、私も思わずにいられない。ビアフラやローデシアは終わっても、世界はルワンダもボスニアもアフガンも止められなかった。
レッド・ツェッペリンの曲を題材に美しい短編「悲しくて翼もなくて」を書いた作者は、今回キャロル・キングを題材に本長編を仕上げた。私は意識的にキャロル・キングを聴いたことがなかったので、この本を読み終わって、早速買おうと思っている。大崎はロック曲と人の情念を結びつけて書くのがものすごく上手い。