和也の死や達也と南の誓いのシーンばかり注目されがちな『タッチ』だが、その真価はむしろ思春期特有の心理をヴィヴィッドに描き切った処にあるとオレは思う。それは他のあだち作品にも共通するテーマだが、作者の視線のシャープさは、やはり『タッチ』がその中で突出している。
個々の人物の心の揺れ動きを慎重に追ってみると、『タッチ』はおどろくほど残酷かつ正確に、思春期の心の光と闇を描写してるように思う。和也生前は徹底的に嘲笑される達也のやり場のない無力感。達也に南を奪われることに怯える和也の焦燥感。新体操のスターでありながらも桧舞台を前に震える南の繊細さ。吉田や西村の心のガラスのような危うさ。
ほとばしるヴァイタリティと心に巣食う不安の最中に揺れる危うい存在。光に祝福されながらも闇に怯える、それが思春期であり、恐らく誰もが通過するその時期を精密に描いたからこそ、時代を超えて人々に共感されつづけるのだと思う。
それにしてもこの時代は清かった。斉藤祐樹選手がおばさまたちの邪な視線にさらされるのが当たり前となった今の時代と比べると、それこそ祝福されかのように。