言わずと知れたSF小説の古典で,あらゆるSF小説・SF映画の元ネタがこの作品集にはあります。
かといって,いっこうに古びた感じがせず,再読に耐えうるのは,ただ単に思いつきのネタを書き散らしたという軽い内容ではなく,人間や社会に対する洞察力や終末世界の描写力,巧みな表現といった著者の力量によるものなのではないでしょうか。
「タイムマシン」では,人類の進歩によりあまりにも快適な社会を作り出したがため,危険・困難といった変化や変化の必要もない社会となったがため,逆に知性の必要性を失った人類の末期を描いています。環境と完全に調和した人類は脆弱な美しさを備えたエロイという地上人と,地下で単に機械的に働くモーロックとう人間に退化したのです。
「さまざまの変化と必要性に適応しなければならない生物だけが知性を持つ」
そして更に未来へと移動した主人公が見た海岸での風景の描写は圧倒的です。(スティーブン・キングがガンスリンガーシリーズにおいて同様の描写をしていました)
それでもウェルズは人類に対する希望を捨てません。
「人間から知性と力強さが退化してしまった未来世界においてさえ,感謝とこまやかな情けが,人の心の中に生き続けている」
その他の収録作品もとても良いです。
「盲人国」では,超未来世界ではなく,他の社会から隔絶された地域が独自の社会を作り出した村を描いています。タイムマシン同様どことなくもの悲しさが漂う作品で,安部公房の「砂の女」を思い出しました。
「新加速剤」は,超スピードで活動可能となる薬を服用することで,時間が停止したような状態を作り出す話でとても楽しい作品です。時間が止まったらこんなことがしたいといった欲望は多くの人が持つところで,同様のガジェットを利用した様々な映画や小説が存在しますが,この作品では,早く動きすぎると摩擦熱で服がこげてしまう,というところが微笑ましく楽しいです。