単身でタイ社会に飛び込んで、カラダを張ってタイ警察で鑑識実務を実地指導してきた「鑑識36年のベテラン」の著者による、マッチョな無茶な生き様をつづったドキュメントである。あくまでも「現場」に徹底的にこだわりつづけた著者のエピソードが満載、内容も盛りだくさんで、単行本三冊分以上にも相当する。読んで面白い、じつに貴重なレポートである。
最愛の妻を病気で亡くし、茫然自失の日々を送っていた54歳の日本警察の鑑識捜査官は、JICA(国際協力機構)が募集していたタイ国派遣事業に応募し合格する。新天地の仕事で気分一新しようと思い立った著者は、二年間の任期の新しい仕事にとりかかるのだが、これが最初から「想定外」のことばかりで、読んでいるこちらがハラハラしてくるほどだ。
現地での仕事は、基本的に数ヶ月に一回の鑑識セミナーの実施のみ。しかしそれに飽き足りない著者は、一大決心のもと現場に飛び込んで肌身をつうじてタイの現状を把握することからはじめる。「上から目線」の教えてやるではなく「現場」に飛び込んで、現地の鑑識捜査官たちとともに汗を流すことが必要だと悟ったからだ。
本書で語られているのは先駆者の苦労の数々というべきだが、それにしても、著者が現場で指導するまでのタイ警察の実態には驚かされることばかりだ。著者がタイに飛び込んだ1995年当時は、警察の鑑識などあってないようだと言っても言い過ぎではなかったのだ。タイ人特有の「マイペンライ」意識のいいかげんさと同時にプロ意識も濃厚なタイ警察の警察官たちの素顔も面白い。
著者みずからが「現場」に飛び込んでかかわったエピソードのひとつひとつはとてもハンパなものじゃない。数多くの殺人事件、運河でのバラバラ遺体発見、スラム街での火事、バンコクにいる日本の暴力団との命がけの渡り合い、タクシン首相時代の「麻薬撲滅作戦」、クーデター、プーケットを襲った2004年の「インド洋大津波」での膨大な遺体の鑑識作業などなど。まさに、日本人鑑識捜査官によるタイ王国事件簿とでもいったらいいような内容だ。灼熱の国タイは事件においても原色の世界なのだ。
観光ガイドにはけっして書かれることのないタイとタイ人のほんとうの姿を知りたい人、鑑識捜査官の仕事の実際について知りたい人、タイ人を部下にもっている人、南部のリゾート地に大被害をもたらした大津波の現場がどんな状態であったかを知りたい人にはぜひ薦めたい一冊である。
ただし、挿入された写真にボカシが入れてあるが、文章にはボカシはいっさいない。心臓の弱い人は読まない方がいいかもしれないと付け加えておこう。