内容(「MARC」データベースより)
右の頬ばかし陽があたつて 左の頬が寒いので 私は歩るくのが厭になつた。大正12年中央美術社刊の初版本を底本に、送り仮名、仮名遣い等を底本通りにし、デザインを模した装丁で再刊。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
高橋 新吉
明治34年(1901)1月28日、愛媛県西宇和郡伊方村(現・伊方町)に生まれる。大正7年(1918)3月、八幡浜商業学校本科三年の卒業間近に退学願を提出して中退。大正9年(1920)8月1日、「万朝報」の懸賞短編小説に「焔をかゝぐ」が入選。昭和48年(1973)3月、『定本高橋新吉詩集』により芸術選奨文部大臣賞を受賞。昭和57年(1982)6月、『空洞』により第一五回日本詩人クラブ賞を受賞。昭和59年(1984)1月、愛媛新聞文化賞を受賞。昭和60年(1985)11月、藤村記念歴程賞を受賞。昭和61年(1986)11月、愛媛県教育文化賞を受賞。昭和62年(1987)6月5日、新宿区の国立病院医療センターで死没(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)