2003年スロヴァキア。緊張で震える手でたばこを勧めながらジプシーの取材をする新聞記者。彼の真の目的は、ジプシーの少女ゾリ・ノヴォトナーの消息を知る事であった――。など、という出だしからすると、ノンフィクション、あるいはサスペンスかと思い違いをしてしまいそうだが、れっきとした物語。「
琥珀捕り (海外文学セレクション)」で一躍翻訳業界の寵児となった(――というと言い過ぎか。アイルランド文学を日本の読者に知らしめた)栩木伸明氏の最新翻訳小説である。J.M.シングの「
アラン島 (大人の本棚)」ではレヴィ・ストロースの「
悲しき熱帯〈1〉 (中公クラシックス)」を思わせるフィールドワーク的な随筆であったが、今回はジプシーの女流詩人の数奇な人生を描いた、いかにもジプシーが焚き火を囲んで仲間とするおとぎ話にも近いテイストの小説である。
当然疑問に思うのが、「ゾリ」っていったい誰?という事である。
その疑問に答えるかのように、次の章から「ゾリ」が少しずつ、しかし、息づかいすら伝わるような確かな筆致で描かれていく。
齢6歳にしてフリンカ親衛隊によって、家族のほとんどを殺され、残されたのはゾリとジージ(祖父)のたった二人。このジージがなかなかファンキーなアウトロー爺で、なぜかマルクス主義に傾倒しているレーニンファン。ジプシーの中では禁忌とされる文字をゾリに教え、学校にも通わせる。そして、彼女の詩人としての才能が徐々に芽吹いていく――。
チェコスロバキアを舞台にしたジプシー詩人の小説、などという日本には馴染みのない設定にも関わらず、ぐいぐいと物語の中に引き込んでいく魅力は翻訳者の文章力なのか、それともジプシーが夜とぎ話をするように綴られるスタイルのためか。
「星の王子さま」で「大人」の物語を語る時、偏執的なまでに数字が出てくるが、この小説ではゾリの年齢以外は数字はあまり出てこない。歴史的事実も、教科書に載っているような用語ではなく、ゾリの言葉で物語が紡がれる。だからこそ、物語が豊かになる。血が通う。
ところで、海外文学というのは、ともするとなぜか「妙に流暢な東北弁」をしゃべる南部の農民が登場するのに常々違和感を感じていたのだが、ジプシーの口調を再現する栩木氏の語り口はなかなか見事な崩し方だと思う。