70年代の『時の流れに』などで組んでいたフィル・ラモーンと久々に組んだり、サイモンがあるインタヴューで「『グレイスランド』以後リズム・トラック先行で曲作りしてきたが今回は昔のようにまずギターで曲作りをした」というようなことを語っていたりしたが、やはりサイモンは安易に過去の成功体験に逆戻りなどしない。『時の流れに』はサイモンがジャズに関心を持っていた頃の作品であり、元々親しんでいたロックンロールやフォークやドゥーワップやゴスペルなどに加え世界各地の民族的なリズムをももはや自分のものとして完全に取り込んだサイモンが今作る曲は当然その頃とは違うものになるということだ。しかも、前作のエレクトロニックな要素も自然に融合させたうえに、サイモンとしては初めてのサンプリングも数曲で行っている。一方で、ブルーグラスのヴェテラン・グループであるドイル・ローソン&クイックシルヴァーと共演しながら、3曲目ではインドのパーカッションと組み合わせ、6曲目ではブルースと融合させることで、単純なカントリー音楽ではなく極めてオリジナルの魅力をもつ音楽を作り出してもいる。アルバムを締めくくるタイトル曲もとてもカッコよく、まったく枯れた感じがしない。この年でなおも新たなことに取り組み、ユニークかつクールでスマートなオリジナルの音楽を作り出すサイモンに脱帽だ。
歌詞も素晴らしい。“love”や“God”という言葉が複数の曲に出てきたり、牧師の説教と会衆のコール・アンド・レスポンスや古いブルースやゴスペルの一部をサンプリングして取り入れたりしているが、そこはサイモンのことなので単なる宗教くさい歌にはなっていない。
1曲目は、昨年(2010年)のクリスマス・シーズンに向けて先行リリースされた曲だが、昔からおなじみのクリスマス・ソングをカヴァーしたものではなく、1941年10月に録音されたJ.M.ゲイツ師の説教に自分が新たに作った歌を組み合わせたものである。しかも、その説教自体が、サイモンの生まれた頃に録音され結局その年のクリスマス前に真珠湾攻撃が起きることになるという背景を持った説教で、「クリスマスに備えよ」と言いつつ死の運命を予感させるようなものであるうえに、そこに「イラクに甥がいる」という現代の不穏な情勢を背景にした歌を組み合わせているので、ノリのよい曲調でありながら、並のクリスマス・ソングとは一味も二味も違うものになっている。
2曲目は、死後の世界の歌だが、行ったら現実世界のごとくまずは申込用紙を書いて受付の列に並ぶように言われたり、魅力的な女の子と知り合ってちょっと心が踊ったりするという、ユーモラスな歌。
5曲目は、神とその息子(キリスト)が地球を訪れながら「まだ生まれておらず創造もされていない宇宙がある」のだと言って「行かなきゃいけない」と地球を去ろうとする様子を歌いながら、自分が心から愛する女性を得たことを神に感謝する言葉で終わる。
6曲目は、宇宙の始まりである「大爆発(ビッグ・バン)」と人々の幸せを全て破壊してしまうテロの「大爆発」という現代の危機を重ねながら、「愛は永遠の聖なる光」と歌う。(それにしても、「大爆発」で始まった宇宙で、人間の営みが地球=大地を農地にし、やがてその“Man”が“machine”となり、その“machine”が市場で自爆テロを行う“man”となって「大爆発」が起きる、というのは痛烈だ。)
7曲目のサイモンのギターのみのインスト曲をはさんで、8曲目では、巡礼者(特に迫害を逃れてアメリカに来た“Pilgrim Fathers”のイメージに重なる)とホームレスのイメージを重ねながら、人生の歯車がうまく回らず苦しい境遇にある人々とJay-Zが両膝に子どもをのせて自身で立ち上げたアパレル・ブランドの服を着ている広告が象徴する現代の繁栄を謳歌している人々を対比して、「誰が天使の存在を信じているだろうか?」と問いかけ、最終的に「僕が信じる」と自答する。
全体を通じて、サイモンが、現代の不穏で危機的な時代情勢を見つめながらも、決して完全に絶望しているわけではないことがうかがえる。8曲目や10曲目では我々が真に価値のあるものが何なのか往々にして見抜けないことも歌われているが、アルバムの最後を締めくくるその10曲目ではそれを悟ったうえで「プロットのない芝居」がハッピーエンドに終わるかどうかはわからないが「人生は自分がそれをどう生きるかだ」と言って、美しい人生になるかどうかは自分次第、と歌っている。これは、4曲目での人生の「書き直し」に取り組んで「エンディングを書き換え」ようとしている男の物語とも根底で通じる。この男は自分の人生の暗い思い出を削除して明るい話に書き換えたいと思っているのだが、最終的には“Help me!”と繰り返すうちに救いを見出す。サイモン自身は良いことも悪いことも含めて全てを人生として受け入れ肯定しようとしているようだ。
本編38分、日本盤ボーナス・トラック(10曲目のライヴ・リハーサル版だがこのアレンジもカッコよい)を入れても42分半ほどだが、魅力のつまったアルバムだ。DVD付が輸入盤しかないのが残念だが、日本盤のみSHM−CDで、靄が晴れたというか薄紙を剥いだような感じで音や声の輪郭が輸入盤よりもはっきりと聞こえる。なお、歌詞とエルヴィス・コステロのライナー・ノーツは輸入盤にもついている(日本盤には原文と訳があるが訳文の出来はいまいち)。日本盤には他に天辰保文氏による解説があり、参加ミュージシャンの経歴などについての情報も得られる。DVD付輸入盤のDVDに収録されているのは映像二つとオーディオ・トラック一つで、そのうちオーディオ・トラックはこの日本盤のボーナス・トラックと同じもの。映像はサイモンがアルバムについて語るものと“Getting Ready for Christmas Day”のプロモ・ヴィデオで、両方ともpaulsimon.comやYouTubeで見られるからいいや、という人には日本盤の方が良いだろう。しかし、DVDは日本の通常のDVDプレイヤーで視聴可能なので、家のテレビで大きな画面で手軽にそれらの映像を見られる(字幕はないが)ということにそれなりの魅力を感じると、少々悩むかもしれない。最終的にどちらを選ぶかはその人次第だろう。
[追記]
このアルバムは、Rolling Stone誌で星4つ、All Music Guideで星4.5と軒並み高い評価を受け、Billboardのアルバム・チャートでも最高4位(ロック・カテゴリーに限れば最高2位)となったのをはじめ欧米ではかなり好評だった。(日本では同時期に発売されたサイモン&ガーファンクルの『明日に架ける橋』の40周年記念盤の方が注目されたのがなんだが…。)そして、今年(2011年)10月13日に70歳になった記念とこのアルバムの好評のためか、11月15日に新たにThe Collector’s Edition (So Beautiful Or So What) というCD+DVDのセットが出た。
この新たなセットについているDVDは、上記の4月に出たデラックス・エディションのDVDとは内容が異なり、今年6月6日にニュー・ヨークのウェブスター・ホールで行われたライヴの映像が5曲分収録されている。リージョン・フリーで日本の普通のプレイヤーでも再生可能であり、しかも映像もクリアで音も悪くない。いつものごとくCDとは多少アレンジを変えて歌っている。(なお、“Dazzling Blue”でのドイル・ローソン&クイックシルヴァーの登場はない。)インタヴューよりもライヴのほうがよいという人やインタヴューにも興味はあるが字幕がないとわからないという人には、もしDVD付をこれから買う気ならこちらのThe Collector’s Editionのほうがよいだろう。
なお、このエディションも今のところ輸入盤しかないが、サイモンのCDでは輸入盤でも基本的に歌詞がついているので、5曲のうちこのアルバムからの3曲については歌詞はブックレットを見ればわかるし、後の2曲は有名曲なので簡単に歌詞を入手できるだろう。また、4月のデラックス・エディションと同様、デジパック仕様だが別の紙ケースに入れられた上で収納されているので盤面に糊がついたりする心配はない。