評価の難しい作品である。
「信頼できない語り手」の手法によって、本来ならば事件とも言えない「日常の謎」を描いている。
登場人物は一般市民であり、しかも主役クラスは非常に頼りないキャラクターとして設定されている。
そうした人物たちによって語られる「謎解き」が、緻密なロジックを持たず、物証に乏しく、科学的根拠も十分とは言えないような、推論のレベルに留まったとしても、むしろ当然である。
だが、そうした点が気になって、ミステリ的な謎解きの部分が弱いとか説得力に欠けると感じる人もいるであろう。
また、登場人物の誰を信じてよいかわからないし、謎解きにも疑問を覚えるという人がいても不思議ではない。
実際、何だか宙ぶらりんな頼りない読後感なのだが、それこそが作者の狙いなのだろう。
登場人物たちの今後の人間的成長の中で、その人物にとっての“事件の真相”は、どのようにも変化しうる。
登場人物が、自分をどう納得させるかは、その人物しだいなのだ。
その意味では、読者でさえも、登場人物の真の内面には迫り得ない。
そもそも読者の側が、実際の人生において、他人の心の真の内面を、どれほど理解しているだろう?
人間という動物の、真の心の声を聞きたければ、「ソロモンの指輪」を自分で探すしかない。
そうした人間の存在自体の「滑稽さ、悲しみ」を描くこと。
そこに作者の意図があり、ミステリ的な手法は、まさに手法に過ぎないのではあるまいか。
ついでに、登場人物の大学生が余りに幼く、知識も乏しいのではないか、と疑問を感じる方もおられるようだが…。
近年の、失礼ながら偏差値の余り高くない私立大学で教壇に立っている友人知人の話によれば、それはもう、学生たちの知識教養レベルは低いそうである。
地方の、どうやら余り有名でもなさそうな大学で、何を勉強しているのかも判然としない、肉体労働のアルバイトに精を出している学生の知識教養レベルは、かなり残念なものであろうと、個人的には納得しながら読んだ。