私が「『リョウ・オクモト』なる日本人のキーボードプレイヤーがLAで活動している」と知ったのは、今から12〜3年程前の事である。
アメリカのプログレッシヴ・ロックバンドSPOCK'S BEARDのセカンドアルバム「ビウェア・オブ・ダークネス」の国内盤(ビクター)を手にした私は、五人のメンバーの中にその名を見たのだった。
伊藤正則氏のライナーでは彼の経歴は軽く触れるにとどめ、デビュー時四人編成だったSBに彼が加入する迄の経緯により多くの文字数が割かれている。
それによると、バンドの中心人物であったニール・モーズ(現在は脱退)が作詞作曲、Vo、G、全キーボードを担当していた為、ライヴで楽曲を演奏するには専任キーボードプレイヤーが必要として奥本氏が選ばれ、そのまま正式メンバーとしてアルバムに参加するに至ったと言う。
ニールが脱退するまでは、アルバムでの奥本氏の担当する楽器はハモンドオルガンとメロトロンのみながら、対してライヴではピアノやデジタルシンセ、ミニモーグやショルダーキーボードも駆使して、SBの人気と評価に比例して彼のキーボードプレイヤーとしての人気も上がったのである(実力においては今更誰が異議を唱えるだろう?)。
女性シンガーのバックバンドとしての来日は幾度もあったが、キース・エマーソン、リック・ウェイクマン、エディ・ジョブソンといったプログレ界の名だたるプレイヤー達をリスペクトしていた彼は、ある時期から他のミュージシャンのスタジオやツアーの仕事から距離を置き、プログレ界を主戦場とする様になる。
ニール・モーズ脱退後のSBの全キーボードを担当し、更に英国のあるバンドが彼をメンバーとして招聘した。オリジナルメンバーによる再結成が発表され、それまでエイジアとして活動していたが突然名前を失ったジョン・ペインを初めとする三人の男による新バンドGPSである。
GPSのファーストアルバムは高評価をもって迎えられ、来日公演が行われた。念願のプログレバンドでの凱旋が実現したのだった。
そして奥本亮は名実共に現在のプログレ・シーンの重要人物となった。
現在彼は長崎は五島市に拠点を移し、SBと並行して五島に音楽文化を根付かせる為のプロジェクトを推進している。
「メイキン・ロック」と本作は大阪生まれのあるキーボードプレイヤーの青年が、当時世界を標的に音楽を発信して行く事の決意表明として制作し、そして2009年の今、その意思を実現させた証明として復活したのだ。