表題の二作品を中心とするギリシャ悲劇の平明な案内書。
著者は入門書にありがちな過度の単純化や、古典を自分の
尺度で歪曲して理解しようとする性急な態度に対して警鐘
を鳴らす。そのため文中に留保が多く、語り口は淀みない
ものの、著者の主張全体を把握しにくい。
しかし、これは欠点というより本書最大の長所だと思う。
評者自身、筆者の根本的な指摘に先入観を突き崩さ
れることで、まったく異質でありながら普遍的なギリシャ
悲劇像が見え始めてどきどきした。たとえば、『オイディ
プース王』についてしばしば引き合いに出される「運命」
は、実は原型となった神話の筋書きであり、悲劇内では
偶然の「運」が示されているに過ぎないという卓抜な指摘は
その好例である。
本書は、ギリシャ悲劇を手っ取り早く把握したいひとには
あまりお勧めできない。反対に、悲劇を読み込み、それを
きっかけとして自分の考えの枠組みを相対化し、拡大した
いと願うひとにはうってつけである。その意味で「書物誕
生 あたらしい古典入門」シリーズの趣旨にふさわしい。