標準放送で送られてきた映像をハイビジョンクラスの高品位映像にリアルタイムに高精細化する高画質化技術・DRC(Digital Reality Creation)。この技術を独自に生み出した奇才・近藤氏に迫ったノンフィクションです。半日であっという間に読みました。とにかく痛快、面白いです。(企業研究者であれば、いっそう楽しめます。「こんな人が居たんだぁ」と。「
日本コンピュータの黎明―富士通・池田敏雄の生と死」を読んだときと同じような高揚感を覚えました)
特に近藤氏の哲学が良いですね。「技術というものは一朝一夕には出来ないというでしょう。では技術の高さとは何かといえば、年輪と同じで何回自分を否定したかです。だから、一番(やっては)いけないは、新しい技術を開発したら、それを守ろうとすることです。世の中は変化しています。守ろうとした時点で、(その技術は)終わりなんです。」確かに、真空管開発の延長線上にはトランジスタはありませんでした。
このような事情は何も技術に限らず、商品開発にも通じる(→ 次世代の商品開発は今ヒットしている商品の否定の上に成り立つ)、という著者のコメントには首肯します。映像の"表示"デバイスから"表現"デバイスへと飛躍を遂げつつある「21世紀の新しいテレビ」(→
究極のテレビを創れ!参照)に思いを馳せながら、気持ちよく本文を読み終えました。
しかし、"あとがき"を読んで複雑な気分になりました。「ソニーの二大異端 (久夛良木健氏(プレステの父)・近藤哲二郎氏)」のような超個性的技術屋を尊重すればこそのSONYなのです。(逆に言うと、このような技術屋をリスペクトしないSONYはSONYらしくない)SONY復活を祈ってやみません。