TVに映画にと、今日でも盛んにリメイクされ続ける「ゼロの焦点」ですが、
原作発表から間もない頃に制作された、この野村芳太郎版の出来栄えはやはり圧倒的で、他の追随を許しません。
陰影の濃いモノクロ画面には、底鳴りのするような迫力があります。
不吉な黒煙を巻き上げながら疾走する蒸気機関車。
北陸の、低く垂れこめた灰色の空と、貧しい家屋。
押し殺したうっ屈を内に抱え込んだ、登場人物の表情。
映し出される風景にも人にも、土俗の呪詛とでも言うべき暗さがべったりとはりついている感じです。
こんな、人の世の業の深さを感じさせる重苦しい映像は、昭和三十年代だからこそ撮影できたもの。
この暗い映像があって初めて、原作の陰鬱な味わいが生きてきます。
最近の「ゼロの焦点」のリメイクがどうも薄っぺらなものになりがちなのは、風景にも俳優にも、野村版のような暗さが欠けているからではないでしょうか。
最近むやみにもてはやされがちな昭和という時代ですが、
あの時代が、上昇機運の明るさと背中合わせに抱えていた、前時代的な暗さを、この野村版は見事に描ききっていると思います。
演出、脚本、俳優。今となってはよだれの出そうなドリームチームが世に送り出した傑作と言うばかりではなく、
昭和という時代の哀しき一側面を、画面にくっきり焼き付けたという意味でも、この作品はかけがえのないものです。