社会派ミステリーの巨人、松本清張の名作ということで、中学時代、大学時代と読んでみて、あまりピンとこなかったのだが、不惑を迎えて読み返し、これはもの凄い小説だと思った。
ここに描かれているのは女の業である。「君の体は若くて綺麗だ」と新婚旅行で一緒に入った風呂のなかで言われたひと言で、夫の後ろにいる別の女の存在に勘付いた新妻。その新妻が、夫の失踪後、冬の北陸でひたすら追い続けたものは、まさにこの別の女の影なのだ。恐らく禎子にとって、夫の真の正体とか失踪後の行方などは二の次だったに違いない。彼女にとって夫は、まだ確固とした愛情の対象とはなってなかったはずだから。だから、禎子の執着は、夫が隠していた別の女の姿が見たいというその一念にあったはずなのだが、彼女自身がそのことにまったく気がついていないというのが、まさに清張の凄さだと思った。その別の女の姿を暗示するのが、二軒の家の写真なのだが、禎子はどうして自分がその写真に執着するのかわかっていない。それこそが清張の描く女の業なのである。業ゆえに罪を犯す女と、業ゆえにその犯人を追いつめる女。冬の北陸の地の風景描写が、その女達の業の姿を見事に浮き立たせているのに舌を巻かざるを得ない。これはまさに大人のための小説であり、読み終えて、参りましたと無条件降伏せざるを得なかった。
清張の数ある傑作のなかにあって、名作の名に恥じない作品である。