遂に、と言うべきか。
遂にBUMP OF CHICKENの最高傑作が出た。出てしまった!
「ゼロ」は文句無しの名曲だが、あまりの完成度の凄まじさに、実はそれ以上の意味を持つ楽曲と言わざるを得ない。
かつて、BUMP OF CHICKENには「ロストマン」という名曲があった
(Mr.Childrenの桜井和寿が「2000年代で最も印象的だった曲」と評していることで知られる)。
作詞に実に9ヶ月が費やされたとされるこの曲は、インディーズ時代をも通じて藤原が描いていた
「孤独」と「再生」を壮大なサウンドで見事に描ききった、ファンの間でも名高い「傑作」とされている。
“渾身”とも言うべき畳み掛ける歌詞、演奏と、そのスケールの大きさには、今聞いても圧倒されてしまう。
あの時点で「ロストマン」は、それまで藤原が表現しようとしていたものの全てを集約したような決定版的「最高傑作」だったのだ。
そして、「ゼロ」だ。
この曲は紛れも無くあの「ロストマン」の再来だ。ここ数年のBUMP OF CHICKENが目指していたもの、こと、
全てが圧倒的なスケールで集約し、さらにその先までをも見事に描き切っている。一聴して身震いが止まらない。
2003年。BUMP OF CHICKENは「ロストマン」をリリースし、そのロストマンをラストナンバーに収録したアルバム
『ユグドラシル』の発売を最後に、少しづつその作風を変化させていった。
「プラネタリウム」、「supernova」、そして「花の名」と、「歩み続ける孤独と勇気」を描いていた初期から、
「掛け替えの無い『あなた』との関係性」をえがく穏やかな歌詞、そして音楽へとシフトしたのだ。
私はこちらのバンプも大好きなのだけれど、初期から聞き込んでいるファンの中からは、
「昔のバンプのほうが良かった……」と書かれてしまうことも少なくはなかった。それ自体は仕方のないことだ。
アルバム『orbital period』を挟み、シングル「R.I.P」から始まったリリースラッシュでは、
さらにこのような作風が推し進められ、オリアル最新作『COSMONAUT』は暖かな世界観を紡いだ素晴らしいアルバムだった。
ところが、「ゼロ」はそうではない。
正に「渾身」という言葉しかない壮絶な“物語歌詞”、イントロから広がる圧倒的な世界観、練り上げられたアレンジ、
「歩み続ける孤独と勇気」を描きながらも、その旅路で出会った「掛け替えの無い『あなた』」への想いをシャウトする大サビ!
比較的日常に近いテーマを描いていた近作とは比べ物にならないほどの壮大なスケールで描かれるサウンドにのせて、
『THE LIVING DEAD』をも思い起こさせる生と死と向き合ったダークな歌詞が描かれている。
しかし同時に、磨き抜かれた言葉は紛れも無く『orbital period』以降を思わせるもので、
あまりにも真っ直ぐで、切実な、「一本道の途中で見つけた」“あなた”への想いがフルボリュームで炸裂している。
これまで藤原が、描こうと描こうと何曲も何曲も積み重ねてきたものが、最も壮絶な形でここに結集しているのだ。
まるで、過去全てのキャリアの集大成を描き出そうとしているかのように。
そして、偶然だろうか? この曲の冒頭の歌詞は<迷子(ロストマン)の足音消えた>から始まるのだ。
余談だが、「バンプを聴いて泣きました」なんてどこか嘘っぱちなのではと思っていた私も、
この初回盤に収録された「FINAL FANTASY 零式」のPVにのせた「ゼロ」には思わず落涙してしまった。
ものすごい曲だ。紛れも無い名曲なのだ。これ以上どう書けというのだろうか。
また、カップリングの「Smile」も、最近バンプから遠ざかってしまっていた方にこそ聴いて頂きたい。
近年活躍する若手ロックバンドを駆逐するかのような、猛烈なバンドサウンドになっている。
「ゼロ」は、インディーズ時代からメジャーデビュー、「天体観測」や「車輪の唄」、
「カルマ」も「花の名」も「R.I.P.」も「宇宙飛行士への手紙」も何もかもがぶち込まれた、
これら全てを廻って来たBUMP OF CHICKENの回帰点と言えるものに違いない。
「ゼロ」は、バンド結成15年、『FLAME VEIN』から続くバンプ12年間の楽曲と活動の全てが1本に繋がった、
バンド史上に残る傑作である。