盲目の元軍人スレード中佐と、貧乏優等生チャーリーとの数日間を描いた作品。
タンゴ、フェラーリ、後半の名演説と見所の多い映画だが、全体は見事にまとまって
おり、名画と称されるだけある。
ところで、本作品の真の悪役は誰なのだろうか。
校長をまんまと嵌めた3人組や、有力者の父に頼った学友か。
彼らは確かに卑怯な連中だ。チャーリーには口止めを強要しながら、自分は高みの
見物を決め込むか、頼りになる親を引っ張りだして政治力で校長を牽制している。
しかし、3人組の最初の悪戯は中々に痛快だし、理不尽な危機に陥ったとき親に頼
るのも高校生なら仕方のないところだろう。
もっとも唾棄すべきは、保護者会からジャガーをもらい、それを生徒に皮肉られる
と、己の威信にものをいわせて力の弱い者を窮地に陥れる男である。
汚い言葉で誰構わず罵る男が、本質においては実に紳士で茶目っ気の効いた魅力に
富んでおり、見た目は紳士風の教育者の実体は、守ってくれる親もいない生徒に圧
力をかける低質な政治屋だったわけである。
チャーリーが口を割らないのは知人たちの為だけではない。何に対して抵抗すべき
かを、直感的に理解しているからだ。そしてそのことの困難さを予測できるだけの
知性を備えているから、苦悩する。
こういった下地があるからこそ、中佐の芝居臭い台詞が名演説となり得る。
そして、演説に至るまでの数日間の旅程が、視聴者に十分な説得力を与える仕組み
になっている。
アル・パチーノの迫真の演技も含め、世代を超えて価値を保ち続ける数少ない作品
と言えるだろう。