この作品の静謐さを湛えたたたずまいは、音楽に例えれば、『
ショパン:ノクターン(全曲)』に通じる味わいがあるかなあ。ツキコさんとセンセイの気持ちがふわりと通い合う、そのほのかな情感がうまく掬い上げられていて、改めて、谷口ジローの絵の素晴らしさいうのを感じましたね。
空に浮かぶ月も、暮れなずむ町の灯りも、公園の木に吹く風も、森の静けさ、花見の賑わいも、そうした絵のひとつひとつが、心にしんとしみてくる。なつかしい気持ちに誘われる。あたたかな命が通う絵の見事さに、何度もため息が出ました。
川上弘美の原作の味を生かした間(ま)の取り方の旨み、ゆったりと歩くテンポのリズム感も、実に素晴らしい。<「先生」でもなく 「せんせい」でもなく カタカナで「センセイ」だ>という文章を描いた冒頭二頁から、「おっ!」と引きこまれましたねぇ。この掴みのうまさは天下一品、抜群にうまいっす。
こたつに母親とふたり、ツキコさんが湯豆腐をはふはふ言いながら食べるシーン。ここは、藤沢周平の『
よろずや平四郎活人剣〈下〉 (文春文庫)』の一場面がオーバーラップしました。さすが、『
孤独のグルメ 【新装版】』を描いた谷口ジローだけあって、食べ物を食べ、酒を飲むシーンの絵は絶品です。おそれいりました。
おしまいに、本単行本の帯に記された原作者と作画家の言葉を引かせていただきます。
<正直なところ、このような恋物語を描いたのは初めてのことです。ほとんど小説のままに、センセイとツキコさんといっしょに歩いてみよう。そう思った。>──谷口ジロー
<こういう話だったんだ! 谷口さんに描いていただいて、あらためて、いや、はじめてほんとうに、知ったような心地です。>──川上弘美