この本を一言で言うと、セナ没後のプロストの視点(08年当時)が加わった「セナ本」です。
プロストだけでなく、ディレック・ワーウィックやナイジェル・マンセル、デーモン・ヒル、ゲルハルト・ベルガー等セナと近しいドライバー達やチームスタッフ達がそれぞれセナという強烈な才能と独特のキャラクターをどのように見ていたのかを、セナが死に至るまでの時系列で紹介しながら、究極的には「セナはどのようにセナだったのか?」にフォーカスが当たっています。
本書ではセナ自身がプロストを特別視していた事実が記されているのですが、その当人であるプロストが、感情的なシコリが洗い流されるだけの時間も経った08年時点で、セナとの戦いを振り返る言葉にはリアリティがあります。
プロストとセナの闘争は、「死」に対する距離感があまりにも違いすぎる二人が、その「死」と常に隣り合わせのレースで競い合っていた事で二人のキャラクターが浮き彫りになっていきました。
そして、プロストが亡きセナを語っているその事実こそが結果なのだというのが読後の素直な感想です。
セナの死について語るデイモン・ヒルの数々の言葉は核心に触れています。
そして本書の結び。
「人生とは、容易ならざるものだ。アイルトンはすべてを手にしていた。マネーも、そしてサクセスも。しかし人は一瞬にして、すべてを失う事もある。事故によって、あるいは私の兄ダニエルのように病気によって----。
人生は短い。このことを決して忘れてはならない」(アラン・プロスト)