「スローフード」や「スローライフ」という考え方が注目を集めている。経済的な豊かさや効率の追求だけではなく、より自然と調和しゆったりとしたライフスタイルへの志向を願うキーワードだ。「スローキャリア」もこれに近い。遅い出世を意味するのではない。
キャリアアップや組織で出世することだけに血道を上げ、本来のキャリアの目的から逸脱する上昇志向の強い人だけが「勝ち組」であるという考え方に疑問を投げかける。
自分にとって満足できる働き方とは何か。これからの「幸せなキャリア」とは何か。そんな問いに本書は応えてくれるかもしれない。職業選択に悩む学生や出世競争に意味を見出せない中堅社員、部下のやる気のなさを嘆く管理職や経営者まで、働く人すべてに問題提起するのが「スローキャリア」のすすめである。上昇志向が強くなくても、人生の「負け組」ではないのだ。
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ただ、「スローキャリア」を「スローライフ」にも似たような概念ととらえて読み進めてしまうと理解が促進されないかもしれません。というのも、高橋氏の言う「スローキャリア」とはあくまで仕事には一定のコミットをし、その中で自分としての価値を創造していこうという意欲があることを前提としているからです。そこにはある程度の競争やプレッシャーなども存在するだろうし、決して過酷さから一切逃れることができることをもって、スローキャリアだと言っているわけではありません。
惜しむらくは、現状の分析と新たな概念提起のみに終始している感が強く、スローキャリアを積極的に生きるための個々人のとるべき方策や、それを受け入れる企業の具体的な人事政策などへの言及が不十分だと思われます。しかし高橋氏の著書を見るかぎり、次から次へと著書をリリースしていくなかで更なる分析やより具体的な提言がなされていくように見受けられますので、次回以降の著作に期待したいと思います。
しかし、そもそも成長が続くというのはそれはそれで特別な状態であり、昨今のないような成長率の前では信仰を維持しがたい。皆が上昇を目指せば目指すだけ、実際に上昇できる人の割合は少なくなり、不満や不安定さが増していく。
そこで筆者が掲示するのがスローキャリアだ。「上昇志向型」キャリアはひとつの相対化され得る概念であり、それに対する思い込みを除き、真に幸せなキャリアについて考えることが目的となる。
そのスローキャリアは目標至上の考え方ではなく、キャリアの節目の多くは偶然によって影響されるという考えにもとづいている。それを踏まえた上で、自分が望むキャリアを選択していくというものだ。正解はひとつではなく、自分で探さなければならないという啓蒙にもとれる。そして、その選択には「自分がなんとなく興味があるから」という理由による偶然でも十分だという。
ただ、注意してもらいたいのは、スローキャリアが気軽に働けばいいというものではないということだ。偶然を受け入れた上で、自分が決めたことには強くコミットしていくことが最も重要なことである。自分の意思があるからこそ、そこに幸せの可能性があり、そのコミットメントにより転職もスムーズにいくのである。これは市や村など地方の自治にもいえることかもしれない。地方の組織としての財政上の限度を認識し、その上で強いコミットメントを持って行政を執り行っていく。借り物の目標は自己嫌悪と不安しか生まないということだ。借り物を目標を自分の目標に完全に重ねられない限りは。
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