「8 mile」がエミネムを主演に据え、ラップ・バトルというエンターテイメントも盛り込みつつデトロイトの退廃的なスラムを描こうとして不完全だったのに対し、この映画は、名のある俳優が出ているわけでもないし、わざわざ娯楽性を付属させてもいないが、「真実」と、それに伴う「訴えるパワー」がある。
アメリカには、この映画に描かれるようなもはや取り返しのつかないほどに膨れ上がった社会的矛盾がある。低所得層はまさに無意味で無目的な生活サイクルに追いやられ、若者たちはラッパーなどをめざしそこから抜け出るわずかばかりの夢を描くが、それも破れてドラッグに浸る。そこには神は居ない。彼らは蹂躙される。気付かないうちに、奪われ、縛られ、破滅させられるのだ。
しかしそこにある一筋の希望の光を、この映画は教えてくれる。いろいろな事を考え、自分の中に確固たる哲学世界を持ちながら、スラム・サイクルから逃れられない一人の青年。彼もまた抗いようの無い弱者として刑務所に入れられるが、彼の内面から出てくる言葉たちの力は、本物の輝きを持っていた。悪循環のきわみである刑務所の内部抗争を、彼の「ポエトリー・リーディング」が止めるのだ。彼は暴力でもお金でもなく「言葉の力」によって、自らの道を、弱者の為の道を、切り開くのである。
この映画には真実がある。そこで起こる、ひとつのファンタジーである。もしかしたら、かないようも無い、現実味も無い夢だからこそ、この映画に引かれるのかもしれない。だが、そんな考えを打ち消してくれるほど、この映画の中で繰り広げられる「スラム」のパフォーマンスは度肝を抜く迫力で迫ってくる。
なお、この映画は、パフォーマンスのところは字幕は「ちら見」をオススメする。字幕をよんではいけない。その点ではそれなりの英語力は要求される。だが、この映画を発見されるほどの方は既に何本もの洋画をご覧になっている映画好きだろうから、余計なお世話ですね。