「リナックスの意味すること」
という章では、ポーランドの技術者が作ったフリーソフトだけれど、
フリーで独占状態を作った後にうまみを享受する戦略かもと疑っています。
フィンランドの大学生ライナスのことには一切触れていません。
他方で、マイクロソフトの抱き合わせ戦略については、ネットスケープ
より好きだから、まあいいじゃんみたいな調子です。
小売店については専門ということで、独占状態の問題についてよく
分かっていながら、マイクロソフトに対するこの鷹揚さはなんなのでしょう?
{「断片的知識」の薄さ狭さに気づかない「団塊の世代」}
という文章が「おわりに」に出てくるのですが、聞きかじりの知識を
披露している著者本人を含んでいるのでしょう。
大学の学生のことはほったらかしにして、衰退商店街を忙しく駆け回り
人づくりが大切だと講演しまくっていているという話も矛盾を感じます。
ニューヨークのNPOの都市政策がうまく行った例を繰り返し上げている
のですが市長が変わって、市議会で殺人事件が起こるようになった
今となって見ると、マフィアと戦い続けたジュリアーニ市長の功績を、
NPOの功績にすり替えているだけだなと思ってしまいます。
そういえば、二極化をバイナリー化と20回くらいは言っているのですが、
フィンランドがポーランドになるわけすから、
バイポーラと言っているつもりが、バイナリーになってしまったのでしょう。
多分、スマートコミュニティというタイトルも何かの駄洒落なのでしょう。