スポーツ社会学で重要な位置を占めるメディア分析を、最近の事象を例にとり、二部構成でわかりやすく、しかし鋭く解説しています。
第1部ではスポーツ・ドキュメンタリーを取り上げ、主としてスポーツ・ジェンダー学の視座で分析しています。そこでは現場の男たちのホモソーシャルな関係を生々しく伝えられ、「お前は男だ!」の一言で一瞬にして女性アスリートが周縁化されてしまう危険性を常に孕んでいます。当事者(選手)は仕方がないにしても、伝え手はその影響をどれほど考えているのか。
第2部では、現代の巨大な祝祭空間の一つであるオリンピックの開会式の演出方法と、メディアによる伝えられ方が俎上に乗せられています。ソルトレーク・シティでの「強い不屈のアメリカ」の演出、長野での「日本らしさ」の表象、そしてシドニーでの南北合同行進の日本のテレビ局による報道などが紹介されています。そこには当然、政治というものとの関わりも論じられます。
私自身は柔道の世界に棲息する者ですが、国内外の大きな大会を民放が伝える最近の手法には、多くの批判が寄せられています。大仰なニックネームを冠して、選手間の差別化を図り、送られてくる試合の映像は注目選手のものばかりで、予想外の組み合わせの決勝などは、ダイジェストでさえ紹介されなかったりします。スポーツを忠実に伝えるべきメディアであるべきですが、カネの流れも影響してか、逆にメディアがスポーツを引っ張りまわしているのが現状です。伝え手たちには今一度、自分たちの役割というものを考え直してもらいたいと思います。