学級委員の冲方さん。
と、原作者コメントが書かれた帯に問いを投げかけても、答えは返ってこない…。
仕方ないので自分で考えてみることにしました。
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『この漫画は「ハート」で書かれている』と原作の冲方丁先生は言う。『それが嬉しい』と。
正直、漫画版『スプライトシュピーゲル』の物語は、ファンに好評で自分も熱中して読んでいる
二階堂ヒカル先生の『オイレンシュピーゲル』に比べ、
腹立たしいくらいの超スーパーハイ(?)ペースで進んでいきます。
「くそー、もっといいシーンがあるはずなのに!」
「あのキャラとあのキャラとあのキャラの活躍はいずこ?」
と、やきもきして、僕も不満たらたらな気分になります。
原作の1エピソードに単行本まるまる一巻かけている『オイレン』に比べて、
中嶋ヤマト先生の『スプライト』で1エピソードにかけらる話数は、鳳編でも3話分。
乙、雛にいたってはわずか1話(30P強)のみ!大人の事情は分かるのだけれど、
ここまで条件の違いがあると正直なんとかならないものかと、原作ファンとしては思ってしまいますね。
しかし、それでも僕は、中嶋版スプライトは、原作ファンが読んでこそ面白い作品だと思う。
元々『シュピーゲルシリーズ』の原作は、/や・や=などの記号を用いて、
膨大な情報を必要最低限に洗練し、「圧縮」して書かれた文体が特徴。だもんで、
「軽食」がうりであるラノベのくせに、異様に1エピソードの中身が濃くて深かくて重たいのです。
それを、解凍して毎回丁寧に愛情をこめてその世界観が描かれているのが、二階堂版オイレン。
だとするなら、中嶋版スプライトは、圧縮された情報が、中嶋先生の中で解凍され、
さらに苦渋の中で取捨選択されたものだけが、僕らファンの手元に届く。
ようは、冲方先生の原作スプライトの中で、漫画版作者である中嶋先生が、
『これがこの物語の「核」である!』と確信したのだろう要素だけが、
ストーリー展開を再編成した形でつぎこまれている内容なのです。
冲方先生の漫画版応援コメントにある
『「ハード」な内容を「ハート」で描いている。それが嬉しい』
の「ハートで描く」とは、そういうことなのだと思います。
そして、ヤングキングアワーズ本誌連載時の冲方先生の巻末コメントにあった
『中嶋版シュピーゲルが、見えてきた』というのも、
『中嶋先生の「ハート」が感じ取ったスプライトの「核」が見えてきた』という意味ではないかと、僕は思います。
まぁ、僕が考えるスプライトの「核」と、中嶋先生の書かれている「核」は、
微妙にずれている気がするのだけれど。
それもまたよし。みんな違って当たり前。
大体作者の考えていること、伝えたいことを正しく読み解くことが、正しい読書だとは思わないし。
というか、100%それを読み解ける人なんているのだろうか。
(決して、自分の頭が悪いことを言い訳しているのではない!)
むしろそのズレを自覚した上で、何度も往復したはずの原作を改めて読み返してみると
不思議となんだか全く違う見方が生まれている。
これは、凄まじい情報量の原作を、全編通してねっちゃりと執念深いほどの(笑)愛情をこめて書かれた
二階堂版オイレンとはまた違ったコミカライズ作品の魅力、醍醐味がきちんと生まれているといえます。
勿論、冲方先生の小説をコミカライズした漫画家さん達はみんな、
二階堂先生をはじめ「ハート」で、作品を描いていると思うのですが。
漫画版作者の考える物語の「核」が、表現の選択を迫られている分、
一原作ファンにストレート伝わったのです。
だからこの漫画は、原作ファンが読んでこそ楽しめると思うのです。
と、さんざんもちあげてきましたけれど!
『ハート』がホンモノならなおさら、本当は、
ページ数や話数には少しでも余裕をもって書いてもらいたいのです。
なので少しでも本誌での待遇が向上するためにも、
他の原作ファンの方にも是非この作品を応援してもらいたいなと思い、
レビューを書いたしだいでありましたとさ。