『忘れられた真理』のあとがきで一部理論としては触れられながらも、その先については書かれなかった重要なことが、本書で一種の表現形態を与えられて表現されました。もともとこれは書きがたいところであるのですが、物語の中にそれとなく埋め込むという形式を借りて、うまくスピリチュアル初心者に向けて表現していると思います。手ほどきの仕方としては、大変面白いと思います。
対話編の形をとっていますが、本質的にはディアレクティケーではなくて、一方向のものになっていますが、これはあくまでも本当の受け手は読者を想定しているということでしょう。
自分が存在することの不思議さの次に、世界があるということが本当に認識し理解するということを説明してくれています。ところが自分と世界とをかなり直接的に結び付けているようで
ちょっとだけ作為的なところを残しているようにも感じます。この問題は、意識の発出がはじまった時点ではじめに世界に気づきますが、まだその時点では自分には気づきません。しかし、もっと本質的に意識的になったところでより自分自身の存在に意識的になっていくという過程があるということであるとおもいます。
意識的であるという事は必然的に超感覚的になってくるものです。法則的にそのようになるものだと思います。そのことを登場人物の慶子の気づきの変化で表そうとしています。
精神的な事柄は、近代ヨーロッパ的な思考の枠では見失われてしまいがちですが、そうなってしまう理由などもわかりやすく解説されている本です。