英語の原著は、5点満点だが、この日本語訳の本は3点がいいとこだ。
その理由を述べる。
1.英語の原文が記載されていない。
有名人の語った言葉の紹介は、
特殊な言語の国の方は別として、英語圏の人物なら
英語と日本語の併記であるべきだと思っている。
英語での表現と日本語訳のニュアンスが常に100%一致しているわけではないからだ。
専門用語でもない限り、日本人なら簡易的な翻訳ソフトを使ってでも読めるからだ。
ゆえに、こういう名言集などの場合、
訳者は、「私の翻訳ではこうなりますけど、あなたならどう訳します?」
というくらいの気持ちでちょうどいいくらいなのだ。
確かに、英語と日本語の併記をすると、
製本上相当ページ数が増えて価格アップとなってしまう場合はビジネス上無理だが、
この本に関しては、それは当てはまらないだろう。
2.名言集の場合、それを編集した人(この本の原著の場合、George Beahm)の
考えによって、編集(取捨選択)されて並べられている。
実際、ジョブズの有名な言葉でも、この本であえて採択されていない言葉はたくさんある。
ゆえに、日本語訳で、もう一度その内容を編集(取捨選択)するということは、
読者にとって、原著の価値を大きく損なわれてしまう結果となる。
万が一、訳者の考えや出版社の意向で、原著の記載内容を並べ替える場合は
当然のことだが、「これこれこういう事情で原著の記載順番から変えています」という
お断りがあってしかるべきだが、この本にはそれがない。
3.次に2.と重複はするが、原著の内容を編集するにしても
削除してはいけない。
アメリカ人が書いた本で、日本の政治や社会についての箇所が
「日本人には分かりきったこと」と思われるところを削除するという場合はあるだろう。
それでも、こういう理由で削除しましたという断り書きを入れるのが礼儀である。
この日本語訳の本で勝手に削除された箇所が何箇所もある。
しかも、なぜ翻訳しなかったのかの説明も一切なしに!
これは、原著の編集者George Beahmへの冒涜だけでなく、
ジョブズ本人や日本の読書人への冒涜でもある。
例えば、原著の21ページに次のような言葉がある。
What if Apple didn't exist?
Think about it.
Time wouldn't get published next week.
Some 70% of the newspapers in the U.S. wouldn't publish tomorrow morning.
Some 60% of the kids wouldn't have computers;
64% of the teachers wouldn't have computers.
More than half the Websites created on Macs Wouldn't exist.
So there's something worth saving here.
See?
彼の言わんとすることはたぶんこうだ。
「万が一アップルが存在しなかったらって?それについて考えてみよう。
雑誌『Time』の来週号は、発売されない。
米国の新聞社の約70%は、明日の朝刊を発行しない。
子供の約60%は、コンピュータを持っていない。
先生の64%は、コンピュータを持っていない。
マックでつくられる半分以上のウェブサイトが、存在しない。
だから、ここで頑張る何かの価値がある。
だろ?」
これが日本語訳のこの本ではスッポリ抜け落ちているのだ!
そういう歯抜けな日本語訳の本を出版する意味って何だろうか?
何かの価値があったのだろうか?
4.昔の偉人ならいざ知らず、最近まで現役で働いていた人の名言(迷言も)は、
その発言がされた(書かれた)時代背景までもが重要となる。
ゆえに、原著のように、
ジョブズの発言時期や掲載雑誌について判明しているものについては
必ず各発言の最後に、年月日も含めて記載すべきである。
ところが、この日本語訳の本では、
本の最後にたった1ページで年月日情報抜きで羅列されているだけなのだ。
ジョブズのように、アップルを去る前、去った後、戻ってきた後で
大きく言動が変わってきた(人間的にも成長した)ところがあり、
それだけにその発言がいつどういう状況で語られたものなのかは
非常に重要でありながら、この日本語訳の本では、
その情報がまったくおざなりに処理されてしまっている。
本の価値が半減するくらいの暴挙を行っているのだ!
5.本は中身さえ正しければいいというものではない。
本には全体のデザインや本文の活字のフォントやレイアウトまで
すべてが意味のあることでなければならない。
ジョブズは、自社製品でのデザインをこだわり、
ユーザーが見ることのない内部の基盤の配線やレイアウトにまで「美しさ」を求めた。
であるならば、出版社はジョブズに関連した本であればこそ、
彼に敬意を表する気持ちがあればこそ、
本のデザインには細心の注意を払うべきである。
それが、この文庫本のデザインはどうだろうか?
原著のデザインのイメージのかけらも残っていない!
原著の場合、表紙はデザイン的に溶け込んではいるが、よく見ると
黒枠で囲まれている。これはジョブズに対する弔意だ。
そして、デザインはスッキリとし、フォントにも気を使っている。
目立つのは少し細めのオレンジ色のフォントで、I' STEVEとなっている。
ジョブズが亡くなったのでリンゴの赤色をあえてはずしてあるのだ。
そして、ジョブズの写真は、晩年の痩せてきた写真を使っている。
彼が向かって(本を手にした人から見ると)右上を見上げている画像である。
これは、神経言語学的には、見るものに「未来」を思えという暗示でもある。
そいう細かいセンスは、まさしくジョブズへの弔意と感謝の表れでもある。
そういう原著とこの日本語訳の文庫本を比べて欲しい。
日本が出版不況に陥っている理由のいくつかが、
この本からも垣間見える。
原著の英語はそれほど難しいものではないので、
是非英語の原著をお読みすることをお勧めする。