EP1~EP3は、EP4~EP6への序章という明確な位置づけがよい。
壮大なスペースオペラは銀河全体の物語(サーガ)でもあり、そこに生きる人たちの個人的な物語(サーガ)でもある。スピンオフストーリー(アメリカで発売されているブックなど)を絡めても息の長い物語であるのがスターウォーズ(スピンオフストーリーは5000年前のシスの絶頂期からはじまる)である。
ヘイデンの師弟対決で敗れた際の演技には、荒削りではあるがこの後に続くEP4~EP6でのダースベイダーの全ての言動につながる表現をしている。EP3を観た後、トリロジー(旧三部作)の位置づけが明確に私の中で変わった。EP4でのダースベイダーとオビワンの対決シーンの二人の会話、ベイダーがオビワンに対して自分を救ってくれなかった嫉妬や、そこにベイダー自身の傲慢さが招いた運命であったことを自らも悟りながらも、オビワンに対する復讐をせざるを得ない。
EP5でのルークを味方に引き入れようとするベイダーは、多分、孤独を埋めてくれることを息子に期待したのだろう。それほど孤独が彼を蝕んでいたように思える。パドメが死んで以来、ダース・シディアスすら信頼していなかったのではないか。そう、ベイダーは、いやアナキンは自らの傲慢により自らと愛するものたち(パドメ、オビワン、ジェダイなど)を失った。孤独が彼を支え続けてきた。その目の前に、パドメとの愛の結晶であるルークが現れたとき、ベイダーは手を差し伸べたのだろう。
EP6でのベイダーの最後の台詞「救われた・・・」。これがEP1~EP6の全てをあらわす言葉ではないかと思う。そう、スターウォーズは銀河のスペースオペラであり、帝国と反乱軍の物語でもあり、アナキンのストーリーでもあった。
EP6でのベイダーの最後の表情。何十年にもわたり業(ごう)の中で生き苦しんできたものからの解放。愛する息子が救ってくれた。これで綺麗に逝ける。
やはりEP3はスターウォーズ・サーガには必要なストーリーである。
星をひとつ減じたのは、上映時間と盛り込む内容が見合わなかったこと。あと30分長ければバランスが取れたのではないかと。