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その彼が今回ついに自らが作っていた壁を越え、評価される側になると聞いて、いくばくかの期待を込めてこの本を買った。例えば、彼が愛してやまないトラベラーの要素があるか、とか、現代のTRPGにおいて彼のバックグラウンドであるウオーゲームのエッセンスがどのように入っているか、とか、昔のスペオペの要素をどう調理するか、とか。
が、このような、いわば今までのTRPGにない要素を期待した部分は、全て裏切られた。このゲームは今までのFEARが出してきた「コンベンション用一話完結型ヒーローRPG 」のスペオペ版だったのだ。
先に断るが、FEARのゲームのクオリティは決して低くない。RPG冬の時代に先陣を切って自らパッケージ商品を出版し、コンスタントにサポートをしてきた姿勢は尊敬に値する。しかし、現在、ある程度の評価と支持者を得て、自らが作った成功メソッドに縛られている気がする。
このゲームはそんななかでの最近のFEARのゲームの特質を大きく出している。例えば、キャラクターの構成が[能力値・技能値・特殊能力」で、それぞれを三つのクラスを選ぶことによって決定する点。セッションのスタイルは基本的に一話完結でキャンペーン要素がアピールしない点。世界観の詳細をわざと希薄に作り、サポートの余地を見せている点。つまり軽くて遊ぶ相手を余り選ばず、コンベンションをさっと終わらせる事が出来るシステムだ。確かにそれもあってもいい。しかしそればかりであることでは?
おそらくこのゲームを買う人が、FEARのゲームのビギナーであることはまずないだろう。そういう人に、これがスペオペである以外の新鮮味はない。それでも、FEARがスペオペを出した事が魅力なら、買う価値があるだろう。しっかり出来ている。しかし、これはどこまでもFEARのゲームだ。
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