約10年ぶりに復活したシリーズ第4弾。
この間、何度も続編制作の噂が浮かんだり消えたりが続いておりました。
正直言えば、少々復活のタイミングを逸してしまった感があって「今更感」もなきに非ず。
実際、前3作の輝かしい興行成績を考えると期待されたような大ヒットには至らず、恐らく本作にてシリーズは打ち止めとなる模様です(リブートと言う手はありますが)。
では、詰まらないのか?と言えばそんなことはありません。
特に今回はオリジナル版のクリエイター、ケビン・ウィリアムソンが脚本を含めて復帰。
結果としてノリの良さが戻ってきており、復調を印象付けております。
特に前半は快調。
ネーブ・キャンベル、コートニー・コックス・アークェット、デビッド・アークェットのオリジナルキャストが再結集。
作家として成功した過去の惨劇のヒロイン、シドニー・プレスコットが久々に故郷に帰還。
時を合わせて、ウッズボローの町に再び「ゴーストフェース」の殺人鬼が出現しシドニーの周辺に屍の山が築かれて行く様がテンポよく描かれて行きます。
このシリーズのユニークさは「ホラー映画」を解体することで数々の「お約束」を逆手に取ってセルフパロディとして利用しながら新機軸を打ち出すことに成功した点にあったと思います。
ただ、その成功はシリーズ化の難しさをはらんでいた訳で、同じ様な展開を繰り返すことは当然、許されないわけです。
実際のところ、本シリーズは「ホラー」と言うより「ミステリー」、それも犯人の正体とその動機の解明が中心の極めて王道のミステリーに他ならない。
つまり殺人鬼がバタバタと凶行に及ぶ様を活写するだけのホラーとは元々異質の内容であるわけです。
ホラー描写を多用しつつも、観客にロジックと物語の展開を追いかけることを求める「推理映画」なのだ。
しかし悲しいかな、今や観客側にその要求に応えるだけの「こらえ性」が失われつつあるのかも。
その面倒くささがあまり受けなくなった要因と言う気もします。
本作でもクライマックスでは意外な犯人像、そしてその動機が明らかにされております。
そこにはTVをはじめとしたメディアや映画、そしてもちろんインターネット・SNSなどに対するシビアな視点も盛り込まれており、このシリーズのユニークさは健在です。