かなり前に『車窓の山旅・中央線から見える山々』という本があり、書いたのは日本山岳会に所属する国鉄の車掌さんで、そこを通る列車に何千回も乗務していました。それで分かるように、車窓の山々を紹介するには現場によほど精通していなくては無理で、まして海外ともなれば、付け焼刃の知識ではまず不可能です。また、いくらスイスを訪ねて鉄道に通じていても、山に関心が低い人にはやはり荷が重すぎます。
その点、この本を書いた池田さんはアルプスを中心にスイスに25年も通い続けているベテランで、過去に何冊ものスイス本を出していて記述は正確です(海外関係の本は、根拠の薄い思い込みや想像で書いた本が多いのです)。書き手の余裕は自然と行間ににじみ出てくるもので、さりげなく書いていても、豊富な体験に裏打ちされているので説得力があり、それが読者には安心感になり、躊躇せずに読み進めます。痒いところに手が届く記述は、何度かスイスに行った方なら、読んでいて「そう、そう」と思わず膝を叩いてしまうかもしれません。
車窓案内と聞くと解説調の文章を想像すると思いますが、全体がエッセー風で少しも退屈せず、出会った旅行者の様子や料理の話など、話題も豊富で読みやすく、著者の年輪を感じさせます。鉄道を離れて寄り道している個所も新鮮で、鉄道一本ヤリのマニアの本とは一味違います。
著者はプロの写真家ではないのですが、本職のカメラマンも顔負けする絶好のアングルで撮っていて、文章だけでなく撮影地(季節や時刻も)の選択も、やはり年季が要るものだと思います。スイスの鉄道の魅力はテレビでもよく流れますが、きちんと撮影地が分かる点では本にはかないません。青い空と氷河の峰々、赤いゼラニウムと緑の牧草地のコントラストが秀逸で、カラマツの紅葉もみごとです。こんな夢のような世界を見せられれば、誰しもスイスに行きたくなるはずです。