30年以上前からさまざまな訳者や版元が取り沙汰されてきたイェイツの主著がやっと邦訳されたことを慶びたい。訳者の労たるや最大級の称讃に値するが、翻って考えれば、この翻訳が在野の一研究者によってなされたという事実は、英文学、イタリア文学、科学史、思想史といったぬるい蛸壺に長く浸ってきた大学人への批判ともなりえよう。
訳文は、文脈を理解するには支障ないものの、総じてかなり生硬と映るかもしれない。イェイツは英国の歴史家であって、ドイツの文化哲学者ではないのだから、いっそう工夫があってもよかった。術語や固有名の表記はしばしば破格であり、訳者の過剰な「こだわり」がネガティヴに出ている。訳者には邦語・邦訳文献をもっと尊重する姿勢があってしかるべきだった。訳注が詳しいのはよいが、偏りも少なくない。解説を含め、訳者の教養に一種「歪み」を感じるのは評者だけであろうか。邦訳データを付した文献目録がほしかった。索引の原綴に英語表記が混在しているのは解せない(英語の本とはいえ、見出しに対応する原語の綴りで一貫させるのが常識である)。 このうえはイェイツの実質的デビュー作『ジョン・フローリオ』や遺稿集3巻の訳出・刊行が切望される。イェイツはいまだ汲み尽くされてはいない。