この10年くらいの間に、チェーン店の居酒屋だのチェーンの喫茶店だのでも、有線でジャズを流す店が多くなった気がする。もちろん、ジャズ・マニアが巷に増えたわけではなく、ちょっとした高級感を演出するための素材としての需要が高まったのだろう。
そういうところで聴けるのは、たいていがいわゆる『ハード・バップ』期のものか、現代のプレイヤーたちがハード・バップ・マナーで演奏しているやつだ。それって実は、100年以上に及ぶジャズ史の中では、1940後半〜50年代前半くらいのわずか数年間に流行し、すっかりフォーマットが固まった末、進化を止めてしまった音楽なのである。にもかかわらず、その洗練ゆえに、半世紀以上経った今となってもBGMとしての抜群の機能性を誇っているわけだ。一方で、いわゆるジャズ通の人たちも、やはり好んで聴くのはハード・バップ期の作品中心なのだから、形式としての完成度の高さ、傑作の多さについても一般に広く認められているのは間違いはない。
でも、その後のジャズは、別にハード・バップの縮小再生産ばかりを繰り返していたわけではない(そういうのも多いけど)。僕は社会人になったあたりに、50〜60年代にハービー・ハンコックやウェイン・ショーターがやってたいわゆる『新主流派』からジャズに興味を持って、色々なジャズのアルバムを聴こうとしたのだが、世に出回っているジャズのディスク・ガイドとかジャズ論は大抵がハード・バップ中心主義な視点で貫かれていて、いまいち乗れなかったという経験がある。そもそも、本によってはハード・バップ以降のジャズがほとんど無かったもののような扱いになっている本もあって、個人的には少々不満が残った。
かなり長い前置きになってしまったが、そういう人間が初めて面白いと思えたジャズ本が本書だったのである。著者は、ハード・バップ期を「幸福な共同体」が実現された黄金時代と規定しつつ、その後のジャズがどのようにその果実を発展的に継承して行ったかをテキパキ整理していく。気負った文体は好みの分かれるところかもしれないが、この手の本としては、論旨は分かりやすい方だと思う。
ざっとトピックを挙げていくと、「ファンキー・ジャズ/ソウル・ジャズ」「エリック・ドルフィー」「オーネット・コールマン/フリー・ジャズ」「新主流派」「クロスオーバー/フュージョン」「電化マイルス」「ウィントン・マルサリス」「ジョン・ゾーン」など、50年代〜90年代後半までの半世紀にわたるジャズの変遷が語られていく。トピックとともに関連作品も紹介されていて、ディスク・ガイドとしても使える一冊。実はまだ結構未聴の作品が多く、紹介されたアルバムを聴くたびに、またこの本に手を伸ばすことになりそう。ハード・バップ以降のジャズを系統立てしながら聴きたい、という人にはおススメです。
ただ、表紙にデカデカ書かれた英題、英語的にどうなんだろう。"For Tommorrow's Jazz"の方がいい気がするけど。