謳い文句は、「誰も聞いた事のない音響、誰も見た事のない映像、あなたはピッチに立つ」だそうです。確かに、その通りでございました。
後悔しました。ここまで「早く終われ」と願った映画も久しぶりです。てっきりジダンの華やかなプレーが拝めるものだと思ってました。そこにはスパイクをカタカタさせている走らないジダン、「ヘイ、ヘイ」と小声でつぶやくジダン、ツバをブハッと吐くジダン、……ジダンジダンジダン、ひたすらジダン。
しかも詐欺なのが、ジダンのインタヴューと思しき言葉がいっつも期待を煽りつつ裏切るんです。「僕は一度だけ見たことがある、次のワンタッチで自分がゴールを決めている未来を」みたいな字幕がセットプレーと共に入るわけです。そりゃあこれをジダンが決めると思うじゃないですか? 決めないんですよ、あっさりディフェンスに弾かれてやんの。あたかもサッカーとはこうした非生産的な営みの連続なのだ、と言わんばかりに。
この映像が撮影されたのは2005年4月のヴィジャレアル戦。当時のレアルは何もかもが空回り、チームは我を失っていました。マシな方だったジダンですら、そこから逃れられていたとは言いがたいです。ですから、この映画は図らずも(もしくは狙ったのか!?)、ジダンのレクイエムとなっているんです。モグワイの即席で作ったような音楽も、葬送曲かのよう。
にも関わらず、W杯で「ラスト・ダンス」の名に恥じぬ輝きを見せるジダンを目撃した人々がこれを観るわけです。そして彼らがあの笑撃的幕切れを観た時の、呆気に取られる表情が目に浮かびます。
唯一の救いは、音響処理がピッチに立つ選手の聴覚を追体験しているかのような感覚を味わえることでしょうか。選手が試合に集中している/いないのon/offの揺らぎは、きっとあんな感じなんだろうと思います。