ミシオには計画的であったかもしれないが、多くは無計画に見えたのではなかと思うこのアルバムは、混沌と秩序、生と死などの対位法的に見えるナイフで彫塑されていく。ミシオの活動はミクロなサイズでは、つながりもなく無計画的だが、一つのまとまり、たとえばCDを出すレベルの範囲で見れば、点と点がつながり、面が形成され、立体視されるほどの距離をリスナーがとれるかの問題であるが、もっと大きなスパンで、博多でのギター片手に歌っていた頃から、羅針盤があったような活動の継続があり、それによって、このような名盤が生まれるのだろう。
夕暮れのようであり、そこにあるのは朝の太陽で、僕らは聴きながら埋火のアンダーグラウンドな世界にのめり込まされる。そこにひっそりと照らされる彼らの世界は、ロウソクの火でわかるような、手探りの範囲で、思いもよらないような世界にいざなわれてしまう。タイムレスメロディーで奏でられる音は、まさにタイムレスな無限の彼方の彼岸に到達する。
現実よりも現実的な非現実は、創作というよりも、ふわふわな羽毛布団の上に腰をおろしたときの妙な安定感であったりするように、僕は深夜に埋火を聴いてしまう。これが、決して最終傑作ではなく、連続する点であり、または、特異点かもしれないが、続くことの恐怖を凌駕する意欲を感じる快作だと思う。なぜか、放り出された一片の羽が不規則に舞い散るように、いつになるかはわからないが次回作まで気になってしまう。