ディスコとパンクと商業主義の波に圧され、多くのアーティストが作品の質を落としていった70年代後半...にもかかわらず、79年という年代に、かくも芸術性の高い作品を生み出してしまったスティービーの、その反則技(?)故の悲劇。
76年に「キー・オブ・ライフ」を発表し、もうこれ以上極める頂きは無いのでは? と思わせつつも、このような超ハイレベルな作品をさらに追加したスティービーの天才性には本当に頭が下がるが、当時のアメリカでこのような硬派な音楽が売れようはずも無く、チャート・アクションは散々。一般的には失敗作、あるいは迷走作と捉えられたようだ、リアル・タイムには。
しかし、私は最初聞いたときから本作は好きだったし、きちんと聞き込むと、「何回で抽象的な映画音楽」というレッテルとは合わないトラックも結構多いことに気が付くはずだ。
「果てしなき道程」、シンセがコミカルな「食虫花と虫」、最高傑作「パワー・フラワー」、NO.2「愛を贈れば」、いつものスティービー節が聞かれる「窓の外は愛の世界」、「黒の蘭」、荘厳な「ソロモンの言葉」、シリータとの共作共演「花の精」、アコースティックな「シークレット・ライフ」...など。
あるいは、曲を絞り込んで一枚のLPにしたなら、もうちょっとヒットしたかもしれない。
しかし、頂点を極めた20台の最後を飾る記念碑として、本作はやはり必要だったのだ。
プリンスだったか、80年代以降のスティービーを貶す人たちに対して、「嫌なら聴かなければいいだろう」みたいに援護していたことを思い出す。彼の発言は正しい。しかし、芸術におけるどうしようもない冷厳な事実として、スティービー・ワンダーは本作で終了した。1970年代の彼は、それ以前/以後の彼と、生物学的には同一人物でも、芸術学的には異人だった。
なお、最近になって、数少ないシークレット・ライフ・ツアーの貴重な音源が海賊盤化された。大変すばらしい内容であったことを付け加えておく。