ようやく文庫になったよ。全四冊。ジャック・レヴィと、マイケル・エメリックの解説と、年表と、人物相関図がついてお得です。
山形県に実在する「神町」を舞台として、黒幕パン屋、悪徳市議、ロリコン警官、やくざ、のぞき屋サークルの面々・・・が複雑に絡み合い、物語が進行する。出来事の連なりは重層的で、歴史的重みがあり、人物の相関は複雑である。その点、フォークナーのヨクナパトーファ物語と似ていると言えなくもない(というか、wikipediaによるとこの作品はよく大江健三郎とか中上健次とかの作品と比較されるらしいが、この二人がフォークナーから大きな影響を受けている)。一点、ぜんぜん違うのは、なんだか登場人物がみな低俗で軽薄なことである。かつわがまま。のぞきなんていうのは、最も低俗で軽薄でわがままな犯罪の部類に入ると思うが、この町を背後で動かしているのはのぞき屋サークルである。この点、「神町」は救いがなく、癒しようがない。そういえば、のぞきを取り締まる側―――町の守護者たるべき警官も軽薄で変態である。例えば:
<中山正は思いきり肛門の臭いを嗅いだ―――見ること以上に時間を掛けて、ゆっくりと何度も何度も鼻から臭気を吸い込んだ。少女の汚れた肛門の臭い―――中山正はこれを世界中の何よりも愛していた。少女の肛門が放つ悪臭だけが、彼の心を癒してくれた。>
阿部和重は、くそまじめな文章に時折こういうおげれつな部分を挿入して、登場人物を軽薄で低俗に見せ、物語に矮小化しようとしている。けど、これを読んで「なんだよロリコンのエロ小説かよ、けっ」って思う人は多分あまりいないはずだし、21世紀に生きるぼくらとしては、そんな「悪臭だけが」癒しであるようなげんなりするような世界がなんだか現実ではないかと思えてしまうかもしれない。現実のパロディのようでいて、圧倒的な現実感があって、ミニマルでかつ壮大な、不思議な傑作である。