思わず鬨の声を挙げてしまいました。というか遅すぎです。この名品が今までDVD化されていなかったことは、もう罪としか言いようがありません。
ジェラール・ドパルデューと言えば、言わずもがなのフランス映画を代表する名優の一人ですが、代表作は?と聞かれると、人それぞれの映画がでてくると思いますが、筆者は、いの一番に本作『シラノ・ド・ベルジュラック』を挙げます。
もとになった演劇は、1897年にパリのポルト=サン=マルタン座で初演された、劇作家エドモン・ロスタンによる英雄喜劇。初演は伝説的な大成功をおさめ、観劇していた総理大臣は、その夜に作者にレジヨン・ドヌール勲章を贈り、隣りの劇場で主演していたサラ・ベルナールは幕が下りるや否や、メイクのままで駆けつけて、主演俳優のコンスタン・コクランに接吻をしたと言われています。今でもフランスのどこかで3日に1回は上演され、「最も文学的な英雄は?」というアンケートをとると、ダルタニアンやジャン・バルジャンを押さえ、必ず1位に輝く、フランス人に最も愛されている「漢の中の漢」。それがシラノ・ド・ベルジュラック。本作はそのあまりにも見事な映画化作品。ジェラール・ドパルデューが実に生き生きとシラノを演じています。
稀代の剣客にして詩人、また打てば響く毒舌の名人、シラノ・ド・ベルジュラックは、今宵も三文芝居に野次飛ばし、舞台に上るや大立ち回りで劇を台無し。あやをつけたる無粋の貴族に白刃鞘走るや、自慢の抜き手と粋なる弁舌で縦横無尽な翻弄三昧。返す刀で友に助太刀、ネール門での百人斬り!その武勇伝に事欠かぬ豪快無双のシラノ、珠に瑕は「ご本尊より十五分も早くご到着」の大鼻。
密かに想い寄せる従妹のロクサーヌは、シラノと同じガスコン青年隊のクリスチャンに懸想のご様子。クリスチャンもまたロクサーヌに恋焦がれるも、この色男、顔は二枚目でも舌は三流の不調法。恋の囁きにはとんと自信がないとくる。そこでシラノ、この伊達男の影となり、雅なる弁舌で心に秘めたるロクサーヌへの想い、代弁しつつ恋の仲立ち。
十七世紀は華の巴里、剣に生き、言葉と戯れ、愛に殉じた快男児・シラノの胸すく冒険譚をご覧じよ!
『シラノ・ド・ベルジュラック』の魅力のひとつに、まさに「丁々発止」の、たたみかけるような会話の妙があります。これは、原作の戯曲が、「アレクサンドラン」と呼ばれる、十二音節の定型韻文で書かれていることと関係があります。これは、言葉が人物から人物へリレーのように受け渡されていったり、また韻を踏んだセリフ回しで、独特のリズムで会話劇が展開します。本作では、この劇の映画化を切望し、長年企画を温めてきた監督のジャン=ポール・ラプノーが書いた初稿を、名脚本家ジャン=クロード・カリエールが、原作のセリフの味わいを残しつつ見事に劇映画の台詞に書き直し、小気味いい会話劇の妙を実現しました。
ではその会話劇の妙は日本語に翻訳されると・・・「シラノ・ド・ベルジュラック」は、大正11年に辰野隆・鈴木信太郎の共訳による、粋な江戸弁による「名訳」が長らく、ほとんど唯一の翻訳のように神聖視されてきました(2008年に、演出家でもある渡辺守章氏による、旧訳への敬意を表しつつ現代語に翻訳したものが光文社の「新訳シリーズ」から出版された)。
本作が劇場で公開されたとき、翻訳家である志満香二氏が、同じく辰野・鈴木訳に敬意を評しつつ、文字制限の厳しい中で、会話の魅力を伝える実に素晴らしい字幕訳をされていて感銘を受けたのですが、今回のDVDでは、その字幕はどうなっているのか・・・実は残念ながら、今回のソフトは新訳版とのこと。果たして会話の妙を、どこまで生かした字幕になっているか(特に、ラストのあの名台詞)非常に気になります。
イタリアでは、「翻訳者は裏切り者だ」という諺があるといいます。しかし、この映画に限っては、字幕の翻訳は、「主役級」の重要性があると思っています。最近のDVDソフトの字幕を観ていると、やっつけ仕事としか思えない酷いものも決して少なくありません。本ソフトは、映画への愛がこもった、誠意ある翻訳を期待したいです。
俳優の魅力も、欠かすことができません。
まずはシラノを演じた、ジェラール・ドパルデュー。こんな事を言ったら失礼かもしれませんが、つけ鼻が実に似合うんです(笑)。筆者は演劇に詳しいわけではないので、あまり偉そうなことは言えませんが、この映画のドパルデューを見ていると、「彼こそシラノ」、まさに「シラノを演じるために生まれてきたのではないか」と思えるほどの存在感があります。無骨で、権力や偽善に徹底して刃向かう剣豪である一方、詩人で繊細な心の持ち主。原作のシラノは、皮肉がこめられた風刺的なキャラクターだといいますが、ドパルデューは、コンプレックスを背負って、恋に悩む現代的な人物として演じたといいます。ドパルデューのシラノは、誰もが愛さずにはいられない、魅力的なキャラクターです。
シラノとクリチャンに愛されるヒロイン、ロクサーヌを演じたのは、アンヌ・ブロシェ。透き通るような白い肌に、夢見るような瞳。男ならひと目で恋に落ちてしまう、全くもって繊細な美しさを宿した女優さんです。本作をきっかけに注目された新人女優でしたが、後のキャリアでは、ヌードを辞さない体当たり演技や、狂気の女を演じるなど、一見「深窓の美女」のようでいて実は骨のある女優さんなのです。そして、本作でも、愛するクリスチャンを追って戦場のど真ん中に馬車を駆って、兵士たちに食料を届ける女丈夫なところも見せ、単なるお人形さんではない女性の強さを凛々しく演じています。
クリスチャンを演じるのは、ヴァンサン・ペレーズ。単なる色男ではなく、己の知性のなさにコンプレックスを抱く青年、恋に血気走って失敗してしまうところもある弱い男を好演。
そして、シラノの好敵手、ド・ギシュ伯爵をジャック・ベヴェールが憎々しげに熱演。ロクサーヌへの横恋慕に燃える粘着質な男から一転、クライマックスでは「男」を魅せる、これまたニクいキャラクターです。
『シラノ・ド・ベルジュラック』は、フランスの男性にとって、自分が何回も観る以上に、「息子に観せたい物語」だといいます。実は映画の中に、原作には登場しない、シラノに憧れる少年が出てくるのですが、そんなところにも、フランス人にとってシラノがどんな愛され方をしているのかが感じられる映画です。
シラノの生き方は、「高潔さ、名誉、自己犠牲、戦士の美徳」つまり武士道に通じる理想を持っていて、それゆえに日本人にも、つとに愛されてきたキャラクターだといいます。
既存のビデオ版では、4:3のトリミングでしたが、今回のニューマスターでは、16:9のビスタでオリジナルの画面が堪能できます。当時のフランス映画史上最高の制作費・1億フラン(約26億円)を投じて作られた映像は圧巻。美術、衣装の素晴らしさにも目を奪われます。
発売に胸高鳴る思い。
「これが、映画の心意気だ!」
【追記】本DVDを鑑賞しました。字幕訳者のクレジットはなかったのですが、旧VHSソフトとほぼ同じようで、おそらく志満香二氏による訳と思われます。かつてソフト会社に問い合わせた時は「新訳版」と聞いたので、おそらく一部改訳されているのでしょうか。いずれにしても、ラストのあの名セリフの字幕訳は劇場公開時と同じものです。
ファンの期待を裏切らない、いいソフトを発売して頂いたIVCさんに、改めて感謝です。