仏SONYから秋に出た徳用ボックス
Classical Music: 25 Legendaryに、紙ジャケは初出時の復刻らしいが音盤はリマスタリングまで含めてこれと(ほぼ)同一と思われるワルツ集が入っていた。ポロネーズとあわせてアナログ時代に愛聴し、久々にCDで聴いて懐かしくなったので簡単なレビューを。
まず、演奏上のヴァリアント(もしくは彼個人の自由な解釈)が散見され、これを聴くと少なくともショパンに関してエディション問題は演奏者の裁量にまかせるべきであり、マニアや評論家があれこれいうのはおかしな話だとあらためて思った。
そして、これはやはり名演。63年に収録だが、録音は優秀。ただ、この巨匠は(も?)絢爛でありながらキュートなサウンドを操るピアノの天才であり、アナログ盤での記憶と比較してみると、あのきらびやかな音の魅力はこの録音からだとあまり伝わってこないのが残念。おそらく、ビニール盤でプレスしていた当時は、ピアニスト本人がまちがいなく「そのときの録音技術」にあわせてタッチや曲の構築を調整していただろうから、仮に、いまであればいまのCD制作技術にあわせて、異なる抽斗(ひきだし)からのタッチでの演奏が聴けたかもしれぬ、などと、SF小説もどきの“if”を考えてしまった。
その点、アルゲリッチ以降(彼女の前回にショパンコンクールで優勝したポリーニは、かなり特殊な楽器調整をしていることもあり、ダイナミクスはともかく、タッチそのものを柔軟に変えることは不得意だったし、アルゲリッチ本人はレコーディングだからといってライブと演奏スタイルを変えることは、やり始めるときりがなくて不毛だからキライと過去のインタビューで言っているが)の世代のピアニストは、いい意味での「CD世代」となっている。21世紀の音楽を聴いていきたいというクラシック・ファンであれば、まずは「いま」のピアニストが「いま」の録音をした音盤で聴いていくのが楽しいはずだ。このルービンシュタインの演奏にひれ伏したい気持ちになりながらも、マニアではない人に対しては「この音盤はセカンドチョイスとしてぜひ」とつけ加えたくなった。
蛇足だが、ルービンシュタインは生きていた頃は「ホロヴィッツに比べると凡才」「軽薄」という言われようをすることが多く、死後になって少しずつ、たとえばコンクール審査員として招かれたときに、桁外れの才能に対しては嫉妬を隠さずに最低点をつけてライヴァルを蹴落とそうとしたとか、いまごろになって「堂々たるブラームスとショパン」などと再評価する流れが出てきたという印象。正直、ちゃんちゃらおかしい。いまさら何をかいわんや。