リパッティは夭折した天才ピアニストでコルトーの門下で学んだ人でもある。コルトーは当時「現在において素晴らしいピアニストは誰か」と問われた時、「若手ではリパッティだ。それ以外はよく知らない」と答えたという逸話が残っている。それほどコルトーも評価するほどリパッティは素晴らしいピアニストだったのだろう。残された僅かな録音からはその事がありありと窺い知れるかけがいのない遺産ばかりである。その一つがこのショパンとモーツァルトの協奏曲である。
リパッティはショパンを得意としていたそうだが、残念ながら録音はほとんど残されていない。しかし、この協奏曲第一番は端正で格調の高い素晴らしい演奏である。至難なパッセージも鮮やかに弾きこなし、そこから滲み出てくる抒情と生命力は比類のない輝きを放っている。よくショパンの曲で見られる情緒連綿とは程遠く、かといって無機的な冷たさとも無縁である。第一楽章、第三楽章は殊に素晴らしい。もちろん第二楽章も無粋の極みである。また、余談であるがこの録音では第一楽章の提示部が簡略化されている。
モーツァルトも彼の得意とする作曲家であるが若きカラヤンと組んだこの協奏曲第21番でも大変生き生きとした、輝きに満ちた演奏である。やはりこちらでも第一楽章、第三楽章は飛び抜けて素晴らしい。一方、第二楽章も淡々とした演奏で悪くないのだが、若干深みや魅力に乏しく私には感じられた。管弦楽の影響もあるかもしれない。颯爽として堂々とした管弦楽であるがやはりカラヤンらしい華美な点も見受けられる。それが第二楽章には負の側面として作用してしまったのかも知れない。しかし、演奏全体は他の演奏とは全く異なる魅力を備えており、私もこのような演奏は一度も聴いた事がない。
これらの録音を通じて、いかにリパッティが素晴らしいピアニストであったかが改めて理解できた。単なる技術や表現を超えて音楽の喜びやその背後にある何かを聴き手に伝えてくれる音楽的使徒と言える存在なのではないだろうか。その一端が垣間見えるのがこの録音である。