ショスタコーヴィチの奇蹟的な傑作『前奏曲とフーガ』作品87は、タチアナ・ニコラーエワに献呈された作品だけあって、ニコラーエワの演奏は他と比較を絶する。人間存在の深みをあらゆる諸相から描き尽くしたと言いたくなるような峻厳・神秘・可憐・幽玄な作品世界を極めて明晰に具現した唯一無二の演奏である。
ニコラーエワさえ聴いておけばよいというのは、的を射ているのである。
そんななか、アシュケナージやルバシテ、キース・ジャレットといったディスクもあるが、アレクサンドル・メルニコフという若い世代のピアニストの手になる2010年リリースの全集は、おそらくニコラーエワに次ぐ演奏だろう。熟れた演奏というわけではないかもしれないが、それもニコラーエワを聴きすぎているからで、これは驚くべきハイレベルな作品87だ。
決然とした第3番など、深奥を覗くようなフーガともども、魂を震撼させられる。それはつまり、ショスタコーヴィチの作品を見事に表出していることにほかならない。軽妙な第5番のフーガのリズムも天才性を垣間見させるし、次の第6番のプレリュードの硬質なタッチにも息をのむ。真の幻想性に溢れているのだ。続くフーガはもごもごとしたピアニッシモが宇宙の中の孤独を思わせる。そのセンスはアシュケナージといった“大御所”を凌ぐ。見事な音楽性だ。
書き出すと切りはないし、所詮評者の筆の及ぶところではないが、とにかくメルニコフのショスタコを推す! 物凄い音楽!! 録音もよし。