あくまでも個人的な好みですが、ホロヴィッツが20世紀の最高峰のピアニストの一人としては認めてはいるものの、実はあまり好きとはいえないところがあります。
ところが、ことシューマンのこのCDに収録されているものに関しては、他のピアニストの演奏も多数持っているにもかかわらず、ホロヴィッツの演奏以外なかなか引っ張り出して聴こうという気になれません。私にとっては決定盤と言えるCDです。
『トッカータ』と『クライスレリアーナ』ではホロヴィッツの明快なタッチが冴え渡り、音の粒は見事なまでにそろい、技巧を要するこの曲がすばらしく見通しがよく聞こえます。混濁した部分をまるで感じさせないシューマンは実に耳に心地よく響き、そして雄弁な音楽に仕上がっています。
しかし、白眉なのは『子どもの情景』でしょう。
出だしの弱音は、あの気難しいことで有名なホロヴィッツとは思えぬほどやさしさと慈愛に満ちていて、シューマンの描いた情景の世界へといざなってくれます。そして、かの有名なる『トロイメライ』は、涙が零れ落ちそうなくらい、静かでやさしく、暖かいのです。一切けれん味なく、これほどまでに丁寧でやさしい語り口の演奏は他になかなか聴けません。
不必要な演出は一切なしに、純粋にピアノの音だけで表現された『子どもの情景』は、聞く人にそれぞれの子どもの頃の思い出を思い出させてくれるように思います。
この演奏とは別の演奏ですが、ホロヴィッツのライブの映像で『トロイメライ』を聞きながら老人が目に涙を浮かべるシーンがありますが、個人的にはあの時の演奏よりもこちらの演奏のほうが完成度ははるかに高いと思います。