アシュケナージが80年代に録音したシューマンのピアノ・ソロ作品が7枚組のCD・BOXセットとなって廉価発売された。1枚辺り二千円から三千円支出して、買い集めた筆者には複雑な心境だが、逆にこれから買う人にとってはなんともお得で羨ましい限りのセットである。
残念なのは「全集」ではないこと。ショパンのピアノソロ作品の全曲を、しかも稀なる高い完成度を持って完結させたアシュケナージであれば、やはり全集化を期待していた。それは叶わなかったが、主要な作品はひとまず揃っているし、欠けた作品の中では、例えばピアノソナタの第3番など、ぜひアシュケナージのピアノで聴いてみたかったが、今となってはしょうがない。
さて、演奏である。シューマンのピアノ作品はよく言われるように、多重人格的な要素がある。。。すなわち、外向的な「フロレスタン」と内省的な「オイゼビウス」。それも、幻想曲では「ベートーヴェン記念碑のためのオボルス:フロレスタンとオイゼビウスによる大ソナタ 作品12」と自らの名を二人の人物に置き換えるほど半ば自覚的に。さて、そのシューマンの要素を「狂気」と見るか、「愉悦」とみるか、なかなか難しいが、アシュケナージはそれをあえて「自然」と見ていると感じる。つまり、芸術家としての葛藤の帰結としての作品をなだらかに整えて、中庸の美徳を与えている。そして再生させる音楽は、非常に純化された自然な歌に満ちている。
例えば、「アラベスク」に見られる間と呼吸の妙技、「幻想小曲集」における情動の優しい表現、「子どもの情景」における暖かな含み。。。挙げればきりがない。そしてその自然さの中に、それを支える技巧がある。「鬼ごっこ」における左手によって奏でられる艶やかな肉付きをともなった音色や、「交響的練習曲」における躍動感溢れるダイナミックな表現に胸打たれる。
ともかく、7枚組でこの内容、この値段であっては推薦しないわけにはいかないだろう。